教育200年史から見た「これから必要な力」

AIに勝つ教育

磯田 道史 国際日本文化研究センター教授
ライフ 歴史

 これからの教育について考えるとき、2つ、大事な点があります。ひとつは、何のために生きるか、という問いです。何のために勉強するのか、何のために働くのかという問いは、これまでも誰もが抱いてきたものですが、近未来の教育では、重大事になります。これまでは、高収入だとか組織での出世とか、そのために偏差値の高い学校に入るといった具合に、分かりやすい価値基準やルートが共有されてきたと思います。しかし現在すでに、こうした基準には大きな疑問符がついています。それはなぜか? それも、後に述べたいと思います。

 もうひとつは、AI(人工知能)の発展です。チャットGPTなどAIによる文章作成や、画像認識、さらには絵を描き音楽を作る表現能力の進歩は、日々、目の当たりにしていますが、この能力は、量子コンピュータの実用化など、まだまだ進化し続けるでしょう。すでに人間は記憶容量や検索・演算速度など、いわゆる「知能」のうちの主要部門で、AIにかないません。

磯田道史氏 ©文藝春秋

 もちろん、人間の頭脳の働きは、必ずしも記憶量や計算の速さだけではありません。よく「知・情・意」と言いますが、知識、感情・情緒、意志や意欲を育てることも教育の目標とされてきました。何を美しいと感じるか、何を面白いと思うかという「情」、自分はこんなふうに生きたいという「意」も、人間の重要な要素です。

 しかし、私たちが学校で受けてきた教育は、基本的に「知」に偏ったものでした。ここでの「知」は「読み書きそろばん」、知識の集積と計算能力を主としたものです。学校の入試で問われるのは、ほとんどが、こうした点数に置き換えることが可能な「知」の能力、「学力」です。芸術系などの例外をのぞいて、入試では「面白い」や「美しいと感じる感性」は問われません。学力テストで好成績を収めた人たちが難関校に進み、大企業や官庁などに就職し、「エリート」と呼ばれます。ところが、この狭義の「知」において、人間は人工知能にかなわなくなっているわけです。後に詳しく述べますが、「学力」に特化したいまの教育は、これからのAI社会に適応できていないわけです。

 これは学校批判ではありません。学校が点数主義になっているのは、そもそも私たちの社会が数字に還元できるものをベースとした「数量化社会」になって久しいからです。アルフレッド・クロスビーというアメリカの歴史学者の著書に『数量化革命』(紀伊國屋書店)があります。彼はそこで中世からルネサンス期のヨーロッパにおいて、ものを数量化で捉える「数量化革命」が起きたと唱え、たとえば暦法、機械時計、地図、数式の発展、複式簿記などあらゆる分野で、数で世界を捉える思考が進んでいき、近代ヨーロッパが世界に覇を唱える基礎となった、と論じています。

 今ではこの「数量化」は、社会を覆い尽くしています。市場や会社では売り上げ、政治では得票数、学校では偏差値、SNSではフォロワーや「いいね」の数で評価され、ふり回されているのです。現代人は数量の客観性を、まるで中世人が神仏を信じたかのように信仰しています。

身分から能力へ

 ここで、今の日本の問題点をクリアにみるために、この200年の教育史を振り返ってみたいと思います。

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source : ノンフィクション出版 2025年の論点

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