新型コロナウイルスをめぐる事態は、日々刻々と変わっている。だからこそ、今は「文明の歴史」という視点から物事を大観するべきだ。歴史を紐解けばわかる。人類の敵は人類ではない。ウイルスだ。
磯田氏
3つの危機
今回の新型コロナウイルスは、流行のスピードがあまりに速く、日々刻々と事態が変わります。しかしだからこそ、新事態から、一歩引いて、「文明の歴史」といった視点から物事を大観する必要もあります。
私自身、国内の感染症の古文書をみてきましたが、今回、参考になるのは、恩師の故・速水融(あきら)(『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』)と、石弘之氏(『感染症の世界史』)の本です。石氏は私の義理の伯父で、アフリカ等の感染症事情にも詳しい人です。
新しい感染症は人類を何度も襲ってきました。「歴史」を参照すれば、教訓が得られ、取るべき対策の知恵も出るかもしれません。
生前の速水融先生と「我々日本社会を襲うリスクとは何か」という話をしたことがあります。「ウイルスのパンデミックが最も恐ろしい」というのが、先生の結論でした。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツも賢い。これに気づいて莫大な資産をこの対策に投じています。パンデミックに他人事はなく、アフリカの不幸が全人類の不幸になるのは、エイズ蔓延で経験済みです。
石弘之氏とも、3つの「危機」について雑談したことがあります。第1は「ウイルスのパンデミック」、第2は「火山の破局噴火」、第3は「津波」です。このうち、最も確実にやってきて、最も多くの死者を出すのは、「ウイルスのパンデミック」です。
「火山の破局噴火」は、1万年に1回ほどの頻度で日本で起きていて、九州ひとつを焼く破壊力がある。100年生きるなら、「100分の1」の確率です。「津波」は、100年に約1回襲ってきて、被害想定で32万人が亡くなるリスクです。
それに対し「ウイルスのパンデミック」は、今から100年前の「スペイン風邪」(新型インフルエンザ)を例にとると、「当時の世界人口は約18億人だが、少なくともその半数から3分の1が感染し、死亡率は地域によって10〜20%になり、世界人口の3〜5%が死亡した」(『感染症の世界史』)と推定されます。全世界で5000万人以上もの死者を出したのです。
今回の「新型ウイルス」は、「ヒト型コロナウイルス」の一つです。最近まで4種類しかヒトに感染しなかったのにSARSやMERSが加わり、新たに7種類目のヒト感染コロナが出現して、今の事態です。
コロナウイルスは、インフルエンザと同様に、野生動物の世界で流行していたのが、ヒトの世界でも流行するようになった「人獣共通感染症」です。今回の新型ウイルスと近縁ウイルスであるSARSやMERSは、多くの動物で感染が確認されていますが、もともとの由来はコウモリだと考えられています。
牧畜の開始とコロナウイルス
そもそも「コロナウイルスの歴史」はいつ始まったのか。
石弘之氏によれば、6つのウイルスの遺伝子を解析すると、ヒト型コロナウイルスが初めて出現したのは、およそ紀元前8000年頃という説が有力です。
その時代、何が起きたのか。「農耕革命」と「定住化」が起こり、西アジアで、羊、山羊、豚の「飼育」が始まりました。つまり、「ヒトと動物との濃密な接触」から出現したウイルスで、この感染症は、「牧畜」の開始とともに始まったのです。
『感染症の世界史』の著者、石弘之氏
これに関連して、幼少期に読んだ本を思い出します。
愛媛県の上黒岩に「岩陰遺跡」という縄文早期の遺跡があり、手で握れる石の表面に女神像を刻んだ「線刻礫(せんこくれき)」が発見されています。医療のない時代に、女性のもつ生のエネルギーに祈りを込めたのでしょう。私が読んだ児童書には、病気に罹った縄文人の子供が女神像の石を握って祈るシーンが描かれていました。1万年以上前のことです。西アジアに出現したコロナ風邪が、縄文早期の縄文人も襲ったのかもしれないと想像します。いずれにせよ、感染症が信仰の誕生と進化に与えた影響はかなり大きかったはずです。
歴史を振り返ると、何らかの「社会的・技術的・経済的な革命」の度に、人類は感染症に襲われています。
中世ヨーロッパでのペストの大流行も、背景に「中世農業革命」がありました。製鉄が盛んになって農具や水車が普及し、食糧が充実したので、英国、ドイツ、フランスを中心に人口が急増しました。食料が余れば、都市が大きくなります。都市にはネズミの餌になるフンやゴミがいっぱい。乱開発で天敵のタカ・キツネ・狼も減っているのですから、ネズミが人間の近くで大発生し、ペストを媒介するのは、理の当然でした。
長い人類史からすれば、感染症の危機は新しいものです。人口密度が低く小さな集団で生活していた狩猟採集の時代は、感染症流行の範囲もスピードも抑えられていたはずです。
ところが、「牧畜」でヒトと動物との接触が増え、「農業」の開始によって「定住化」が進んで「都市」ができると、結核、コレラ、天然痘、マラリア、ペスト、インフルエンザなど感染症の大流行が頻繁に起こるようになりました。さらに大航海時代のように、「ヒトの移動」が激しくなると、感染症も、大陸横断的に猛威を振るうようになります。災害や戦争よりも感染症が世界人類に大量死をもたらす段階です。
「感染症」も長崎から
大航海時代に日本に到来したのは、「火縄銃」や「キリスト教」だけではありません。「性感染症」もヨーロッパから入ってきました。
豊臣秀吉が朝鮮へ攻め込もうと日本中の軍勢を肥前名護屋城に集めた時、「肥前わずらい」という性感染症が流行り、全国に広がりました。これは梅毒で、気の毒なことに、家康の子・秀康(福井藩主)も感染しました。家康が「鼻の形もかわることなきか」と尋ねると、秀康は「鼻の損じたるを隠さんための張付薬」を装着していました(『岩淵夜話別集』)。健康上の理由もあり、弟の秀忠が2代将軍になったといわれます。
近世前期の日本人の遺骨を調べると、男性の約3分の2、女性でも3分の1に梅毒の痕跡がみられるそうです。この猛烈な梅毒の蔓延から生き残った者の子孫が今の日本人です。
その後の「鎖国」は、感染症流行に一定の抑止効果をもったはずです。ただ、その鎖国下でも、「天然痘」や「コレラ」などが侵入してきました。今から約200年前の1822年、コレラの世界的な大流行が日本をも襲いました。原因不明の伝染病が九州から広がり、その後、オランダ商人が持ち込んだことが分かり、音訳して「酷烈辣(これら)」「狐狼狸(ころり)」などと称されました。
今回の新型コロナも、海外からの帰国者の多い東京で感染者が多く報告されていますが、この時代は、外の世界との窓口だった長崎が“感染症の玄関口”にもなりました。京都府立大の東昇氏によれば、長崎に近い天草の高浜村では、村人が「隔離小屋」を設けたようで、昔、東氏とこの村を調査したことがあります。
1858年に、コレラが、再び日本を襲いました。この時も長崎に寄港した「ペリー艦隊」から感染が広がっていて、石弘之氏はこう述べています。
「1858年には、ペリー艦隊の1隻のミシシッピ号にコレラに感染した乗組員がいたため、長崎に寄港したときにコレラが発生した。8月には江戸に飛び火して30000人とも260000人ともいわれる死者が出た。その後3年間にわたって流行した。その怨みは黒船や異国人に向けられ、開国が感染症を招いたとして攘夷思想が高まる一因になった」(『感染症の世界史』)
攘夷思想の背景には「西洋=病原菌」とみる状況があり、これが日本史を動かすエネルギーになった面があります。
コレラと闘った緒方洪庵
この時、コレラと闘った幕末の蘭学医たちの気概には頭が下がります。洋学塾を開き、天然痘予防に貢献した緒方洪庵は、「事に臨んで賤丈夫となるなかれ」と弟子たちを鼓舞。弟子たちは往診に奔走、死者も出ました。洪庵のもとには、「誰々が討ち死」という手紙が続々と来ました。
感染爆発時に、医者は、最前線に立たされます。火事の時に消防車が危ないからと出動しないことはありません。それと同じで医者は医師法19条の「正当な事由」がなければ診療拒否ができません。しかし、現在、発熱だけで診療拒否したり患者をたらい回しにしたとの報道もあります。新型コロナの流行で「東京帰りというと、高熱の患者が複数の病院で診療を断られた」という話を、私も、直接、聞きました。
医者を非難するだけでは解決になりません。緒方洪庵の弟子たちの奮闘から得られる教訓があります。「プライマリケアの防護」、最初に診察する医療者の防護が重要です。防護服やN95マスクなど医療資源を適切に配分して医療者と病院を守る策を立てねば、「医療崩壊」が起きます。
イタリアでは、こうした防護が不充分で、多くの医療関係者が感染し、病院が流行の拠点となり、「医療崩壊」が起きて、多くの死者が出てしまいました。これを防ぐには、「清潔エリア」と「不潔エリア」の区別(病院のゾーニング)が不可欠です。病院経営者も、積極的に防護対策を打たねばなりません。
明治政府の自粛要請
「西洋=病原菌」という攘夷運動から生まれた明治政府も、早速、感染症の脅威に晒されました。「牛疫」という家畜伝染病です。
ただこの時、最初に警鐘を鳴らしてくれたのは、駐上海の米国領事です。明治4年に、「シベリア海岸で牛疫が流行している。これはヨーロッパで大きな被害をもたらした伝染病で、日本に侵入すると日本中の家畜の死亡もありうる。日本政府に知らせてほしい」といった内容の手紙を駐日公使宛に送っています。
これを受けて、明治政府は「太政官布告」を出しました。「生きた動物や皮革の輸入を禁止し、牛疫に感染したとおぼしき牛がいたら、すぐ撃ち殺して、火中に投じ焼却せよ」と。
実は、この「牛疫」は、ヒトには感染しないのですが、この「太政官布告」は、国民の生活の細部に立ち入るもので、結果的に、「近代的な感染症対策」の先駆けとなりました。今でいえば「国民への生活面での自粛要請」です。
その内容は、衣服を清潔に保つこと、体を清潔に保つこと、掃除をすること、窓を開けて換気をすること、酒の暴飲はやめること。さらにスゴイことに、房事すなわちセックスは節制すべしと、「セックスの回数を減らせ」とまで要請しています。
そして今から100年前の1918〜1920年、全世界で大流行した「スペイン風邪」が日本をも襲いました。速水先生が研究したのですが、今回の新型コロナウイルスを考える上で、スペイン風邪は、最も重要な“参照例”になるでしょう。
『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』の著者、速水融氏
ただ、「教訓」にもなれば、「バイアス」にもなります。100年前と現在との違いもあるからです。
現在、大型ジェット旅客機で地球が1つになっています。今日、所得の向上で、日本に旅行できる中国人の潜在数は1億5000万人はいます。10年ほどで、4億人もの中国人が海外旅行できるようになるでしょう。すると、日本への海外からの観光客数は、現在、3000万人程度ですが、10年後には、日本の総人口1憶2000万人を超える可能性もある。「交流人口」が「定住人口」を超えるような事態です。感染症大流行のリスクもそれだけ高まるということです。
「交流人口」が現在と比べて桁外れに少なかった100年前の「スペイン風邪」でも、その被害は凄まじいものでした。
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