【住銀支店長射殺】額に撃ち込まれた「闇社会の警告」

平成アンタッチャブル事件簿

尾島 正洋 ノンフィクション作家
ニュース 社会
バブル崩壊で生じた多額の不良債権が社会問題となった90年代前半、企業幹部が狙われる事件が多発した。なかでも社会へ大きなインパクトを与えたのが、住友銀行名古屋支店長の射殺事件だ。犯罪映画のような凶行に世間は震えあがった。

銀行支店長が自宅で射殺された

 平成の時代に入って6年目の1994年9月14日朝、名古屋市千種区で住友銀行(現・三井住友銀行)名古屋支店長、畑中和文(54)が自宅マンションの玄関前で射殺されるという衝撃的な事件が発生した。銃弾は畑中の右目上の頭部に命中、貫通しており即死だった。畑中はパジャマ姿、素足で座り込んだ状態で隣室の住民に発見された。

 このマンションは1フロアに2戸しかない高級物件で、入口はオートロック式。住民は暗証番号を入力するか、カードを使って入る。訪問者はインタフォンで住民を呼び出し、開錠してもらうシステムだった。

 隣人が7時20分ごろにドンドンという音と悲鳴を聞いて通路に出ると、すでに殺害されていた。発砲音はなかったので、銃に消音器が装着されていたとみられた。たった1発で殺害しており、拳銃の扱いに慣れた「プロ」の腕前を持つ者の仕業だった。

 畑中の迎えの車はいつも7時40分に到着する。こうした事情を把握した計画的な犯行とみられた。犯行で使われた拳銃は、米国スミス&ウェッソン社製の回転式38口径「レディー・スミス」であったことが後に判明する。

 拳銃が使われたことから暴力団による犯行が疑われたが、多くの暴力団組員は拳銃の取り扱いに慣れていないのが実情だという。対立抗争事件で実際に拳銃を撃った経験がある暴力団幹部は、「拳銃はよほど練習しても、まず命中しない」と語る。

「ケンカに備え、東南アジアなどの合法的に拳銃を撃てる施設で何度も練習した。インストラクターに銃の握り方からレクチャーしてもらったが、実際に発射すると反動が大きくて弾がまっすぐに飛ばない。至近距離なら命中させられるが、5メートル以上離れたら確率はかなり下がる。10メートル以上ならまず当たらない」

 と、この幹部は言い切った。

「住銀支店長の事件はよく覚えている。あれはプロがやったこと。拳銃を向けられて逃げ惑う人の頭部に命中させるなど至難の技。ヤクザは拳銃の取り扱いに慣れていると思われるかもしれないが、全くそういうことはない。こんな仕事は不可能だ」

 拳銃を扱う職業として警察官があげられるが、殺人や強盗などの強行犯捜査を長年担当してきた警視庁捜査一課の元捜査員も、「拳銃で命中させるのは難しい」と同様の意見を述べる。暴力団犯罪を30年近く捜査しているベテラン捜査員も、「どれほど注意しても引き金をひく際に微妙な力が加わってしまい、まっすぐに弾を発射できない。射撃訓練ではほとんど命中しなかった」と告白する。暴力団幹部と同様、「至近距離なら命中させる自信はあるが……」と述べている。

 実行犯は必ずしも暴力団組員であるとは限らず、手口の鮮やかさから軍隊などで特殊な訓練を受けたプロのヒットマンという可能性も考えられた。しかし国内で拳銃を調達できるのは主に暴力団関係者だ。捜査はこの線で進められた。

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現場のマンション玄関を調べる捜査員

狙われた企業幹部

 90年代前半には「企業テロ」と呼ぶべき、企業幹部が狙われた殺人事件が相次いでいた。畑中が射殺された前年の93年8月、和歌山市で阪和銀行(後に清算)の副頭取の小山友三郎(62)が射殺されたほか、94年2月には東京都世田谷区で富士写真フイルム(現・富士フイルム)専務の鈴木順太郎(61)が刺殺される事件が起きていた。

 企業の本社や支店、幹部の自宅への発砲事件も相次いでいた。リクルート社長宅(92年6月)、東武百貨店社長宅(同年10月)、京浜急行電鉄社長宅、同本社(同月)、そごう百貨店社長宅(93年6月)、東海銀行頭取宅(同年9月)などへ銃弾が撃ち込まれた。刃物で企業幹部の親族を狙った傷害事件なども頻発した。

 なかでも住友グループを狙った企業テロは突出して多かった。93年2月20日、住友生命保険社長宅と住友不動産社長宅に火炎瓶が投げ込まれ、翌21日には住友銀行頭取宅と住友商事社長宅にも同様に投げ込まれた。3月には大阪府内の支店に火炎瓶が投げ込まれ、5月には再び住友生命保険と住友不動産の社長宅に火炎瓶が投げられた。

 ほかにも住友銀行の支店への発砲など、93年2月からの1年余りの間に、住友グループ各社を狙った20件以上の事件が発生する異常事態で、全て未解決だった。なかでも頭部を1発で撃ち抜かれた畑中の事件の衝撃は大きく、当時の企業幹部たちは「防弾チョッキを着なければ外出できない」と震え上がった。

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事件のあったマンション

追い詰められた反社会的勢力

 こうした事件の背景にはバブル崩壊があるとみられた。

 平成がスタートした89年の末、東京証券取引所の大納会で平均株価が3万8915円87銭と史上最高値となり、バブル景気はピークを迎えた。株や土地への投資などで資産を増やす「財テク」がもてはやされた。ゴルフ場会員権や絵画などあらゆるものへ資金が流れ込み価格が上昇した。

 銀行間の融資競争は激化、担保価値をはるかに上回る過剰融資も公然と行われていた。

 バブル景気は暴力団業界にも潤いをもたらした。土地の価格を吊り上げる「地上げ」に、多くの暴力団が参画。巨額の資金が流れ込んだ。一部の暴力団幹部は地上げで得た億単位の資金を株式市場で運用しており、「経済ヤクザ」と称された。

 しかし90年以降、株価や地価は下落を始めた。過剰融資が次々と焦げ付き、「不良債権」となり大きな社会問題となった。金融機関は融資の回収へと走り出し、資金の逆回転が始まった。

 表経済の苦境は合わせ鏡のように裏社会にも及んだ。地上げなどでは協力関係だったはずだが、暴力団側とすれば、はしごを外された形だった。92年3月に施行された暴力団対策法も暴力団勢力を追い詰めた。

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source : 文藝春秋 2021年6月号

genre : ニュース 社会