六本木のグランド ハイアット東京 日本料理「旬房」の個室に呼び出された。
今日の秋元康のインタビューはここでやるらしい。
「カレーうどん、頼んでおいたから」
秋元は、やおら、目薬を差しながら言った。
この場合、「カレーうどんですか?」を先に突っ込んだ方がいいのか、「目は、どうしたんですか?」を先に突っ込んだ方がいいのか?
「俺が知る限り、ここのカレーうどんは、世界で三本の指に入る」
秋元は目をしばしばさせてから言った。日本以外の国に、“カレーうどん”はあるのだろうか?
「目は、どうしたんですか?」
「2、3日前から、目が痛くてさ。涙が止まらなくなっちゃって、日曜日の朝、大学病院の救急外来で診てもらったら、『眼球に傷がついています』って……。スキー場の紫外線とか、工場でアーク溶接をするとかで、なるらしいんだけど……」
「どっちも縁がない生活をしていますよね? 何か、特別なことをしたんですか?」
「それがさ……」
秋元が言いかけたところで、カレーうどんが来た。見た目は、日本蕎麦屋にあるそれと変わらない。
「まずな、“スープ”を飲んでみな。“つゆ”じゃないぞ、これは、“スープ”だ」
言われるままに、れんげで“スープ”を飲んだ。
旨い。日本蕎麦屋にある和だしのカレーうどんとも、もちろん、香辛料をあれこれ使ったスープカレーとも違う。フォンドボーのように濃厚なのだ。
「パソコンで書いた原稿が飛んじゃってさ……」
うどんを啜りながら、秋元が言った。
「iCloud上に保存されてるんじゃないですか?」
確かに、このスープを絡めて啜るうどんは絶品だ。秋元の原稿が消えた話などどうでもよかったが、無視するわけにもいかないので、相槌代わりに聞いてみた。
「ないのよ、それが……。でも、俺は、確かに『保存』をクリックしたんだ」
それから、秋元は、未練がましく、喋り続けた。その原稿を復元するために知り合いのIT会社の社長に頼んで、インド人の技術者まで動員したらしい。
カレーうどんを食べ終わって、僕は聞いた。
「本当は、書いていなかったんじゃないですか?」
「ずっと、締め切りに遅れている俺が、『原稿を書いたんだけど、消えちゃった』なんて、わかりやすい嘘を言うと思う?」
「そりゃ、そうですね」
「昔、書いた『着信アリ』っていう小説も250枚書いたところで、消えちゃったから、それ以来、気をつけていたんだけどなあ。今回は、まだ配信前のNetflixの連ドラのプロットを書いていて、5話目までは、慎重にうちのスタッフに送って保存させていたんだけど、残り3話で油断した。3日間徹夜して書き続けていたから、スタッフに送らなかったんだよね。当然、俺のパソコンに自動的に保存されていると思うから……いや、『保存』と、クリックしたよ。でも、それを開いたら、消えていた。悲劇だろ?」
「で、結局、どうしたんですか?」
「また、3日間徹夜して、書いたよ、しようがないから……」
「それで、目を酷使し過ぎて、眼球に傷がついたってことですか?」
「そうそう……何時間もパソコンを凝視してたから、ドライ・アイになったんだろうな……」
「でも、月刊『文藝春秋』の読者は、パソコンから原稿が消えた話も、眼球に傷がついた話も全く興味がないと思いますよ」
「いいんだよ、それで……。月刊『文藝春秋』に秋元が書いていた原稿が消えたという話が載れば、Netflixのプロデューサーも『本当だったんだ』と思ってくれるだろう?」
「実際はどうなんです?」
小さな声で聞いた。
「STAP原稿はあります」
秋元はネタの古いギャグを自信満々に言った。(※編集部注 2014年にネット流行語大賞の金賞を受賞した「STAP細胞はありまぁす」のこと)
藤井フミヤ最強説
――色々な芸能人を見てきたと思うんですけど、人気スターになるには、人を引き寄せる強烈な何かが必要ですよね。たとえば、一番、モテるなと思った芸能人は誰ですか?
秋元 芸能人は、“モテる”ことが仕事みたいなものだから、みんな、モテるよね。う〜ん、男性だったら、藤井フミヤかな。
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