長門裕之・南田洋子「おしどり」の真実

萩本 欽一 コメディアン
エンタメ 芸能 ライフスタイル

 芸能界きっての「おしどり夫婦」として知られていた長門裕之さん・南田洋子さんご夫婦とはじめてお会いしたのは、1972年。トーク番組での共演がきっかけでした。お二人は夫婦で出演していたのですが、ある日長門さんに「麻雀はやるか?」と聞かれてご自宅に招待された。その後は家が近所だったこともあって、しょっちゅう呼ばれては一緒に麻雀を打つようになりました。

 番組でのお二人は仲睦まじく、まさに「おしどり夫婦」そのもの。ところがご自宅に行ってびっくりしました。長門さんは洋子さんに怒鳴ってばかりいたのです。吸い殻でパンパンになった灰皿を見た洋子さんが、「あら、いっぱいじゃないの」と声をかけただけで、長門さんは「うるせぇ、うるせぇ! 出ていけ!」と、まくし立てる。洋子さんはニコッと笑うだけで、僕が「優しくしないとダメだよ、長門さん」とたしなめたこともありましたが、「うるせぇ」と言われて終わりでしたね。

兄・姉のような存在だった長門裕之・南田洋子夫婦 ©文藝春秋

 それでもお二人は僕のことをとても可愛がってくれました。ある時、僕が寒さのせいで布団から出られず、収録に遅刻してしまったことがありました。遅刻の理由を聞いた2人は、僕の家までわざわざパネルヒーターを持ってきてくれたのです。お正月には、当時独身だった僕に洋子さんが「おせちとお雑煮、食べにきなさいね」と気遣ってくれて、元旦は毎年長門家で過ごすようになりました。僕はあまり芸能界の方と親しくなることはなかったのですが、お二人はお兄さん・お姉さんのような存在です。洋子さんなんて、「欽ちゃんにはこういう子が合うと思うわ」なんて、恋人探しまでしていましたから。

 ご自宅に行くようになってしばらく経ったある日、長門さんに「欽ちゃん、見せたいものがあるからついてこいよ」と言われ、お二人の寝室を見せてもらったことがありました。よそ様の寝室を見せてもらうことなんてありませんから不思議に思っていると、僕は寝室の外に三面鏡が置かれていることに気がつきました。

芸能界きってのおしどり夫婦 ©文藝春秋

 普通なら、奥さんの三面鏡は寝室に置くもの。長門さんのことだから、きっと三面鏡を廊下に出すよう洋子さんに言ったに違いない。ひどいじゃないか、と思っていたら、長門さんが「これが洋子なんだよ」と言うのです。聞くと洋子さんは、2人の部屋に自分だけの物を置くなんて失礼だからと、自分から三面鏡を廊下の隅っこに置いたと言うのです。長門さんは「洋子、ステキだろ」と笑って、「あいつには感謝しかないんだ」と、しみじみと洋子さんへの想いを口にしました。

 洋子さんは結婚から10年以上、長門さんの父親である歌舞伎役者・四代目澤村國太郎さんのことを一人で介護していたそうです。澤村さんは動けない苛立ちからか、食べ物などを壁に投げつけてしまう。その掃除も洋子さんがやっていたそうで、長門さんは「洋子の手はいつも消毒液の匂いだったんだ。洋子をクレゾールの匂いがする女優にさせたんだよ……。感謝する以外にあるかよ」と、声を詰まらせて言うのです。

 この時、長門さんが人前で洋子さんを怒鳴るのは照れ隠しなんだと分かりました。世間で「おしどり夫婦」と言われるのが、不器用でわがままな長門さんには恥ずかしかったのでしょう。慎ましく優しい洋子さんはそれをぜんぶ分かっていて、怒鳴られてもニコッと笑うだけだったのだと思います。

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source : 文藝春秋 2023年7月号

genre : エンタメ 芸能 ライフスタイル