生涯現役対談 人生は「運・鈍・根」だ

田原 総一朗 ジャーナリスト
萩本 欽一 コメディアン
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人生100年時代の面白い生き方とは、何だろうか。今も「朝まで生テレビ!」など現役で活躍するジャーナリストの田原総一朗さんと、73歳で駒澤大学仏教学部に入学したコメディアンの萩本欽一さんが一緒に考えてみた。生涯現役の2人による「人生論」「仕事論」とは。

日本の若者よ、“バカ”になれ!

 田原 萩本さんとは2019年3月に、BS朝日の番組『田原総一朗の全力疾走スペシャル』でご一緒させていただいて。お会いするのは今回が2回目ですね。

 萩本 あれは嬉しかったなあ。だって、僕は田原さんのことをすごく尊敬していたから。『朝まで生テレビ!』も、初回からほとんど全部見てるんですよ。

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 田原 もともと萩本さんに会ったきっかけは、実は小泉進次郎さんなんです。この『文藝春秋』で「ヒトは120歳まで生きるか」という連載をしていて、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥さんなどに取材をし、医療の発達で人間の寿命がどんどん延びていく未来のことを考えていた時のことです。

 今の日本人の人生は、「教育が20年、仕事が40年、老後が20年」というのが基本ですが、今より長生きになると、このモデルケースが破綻していく。つまり、人生設計を新しく作りなおさなきゃなりません。そういうことを考えていた時、進次郎さんが僕に「萩本欽一さんが大変面白い生き方をなさっています」と教えてくれたんです。

 萩本さんは2015年に、73歳という年齢で駒澤大学仏教学部に入学されていますね。「人生100年時代」の生き方を体現されていると興味を持ち、すぐにインタビューを申し込んだんです。今日も楽しい話を聞かせてください。

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田原氏

 萩本 僕だって、田原さんの話を聞きにきているんですよ! 今日は政治だけじゃなくて、また違う話が聞けそうだ。

 田原 よろしくお願いします。早速だけど、萩本さんはどうして大学に行こうと思ったんですか?

 萩本 70歳を過ぎたくらいで、物忘れが多くなってきたんです。仕事でタレントさんと話していても、「えーと、あなたは……」と、すぐに名前が出てこない。もしかしたら自分も認知症になるかもしれない、と意識し始めました。

 世間では、テレビや雑誌などでよく「ボケない方法」の特集が組まれて、誰もが忘れっぽくなるのを嘆いています。でも僕は、物を忘れていくことには抵抗せず、忘れるなら忘れた分だけ新しい知識を入れていけばいいと思ったんです。つまり、ボケが「引き算」ならその分「足し算」して、プラマイゼロになればいい。「なんだ、ちょうどいいや。俺、ろくなこと覚えてないから、とりあえず全部忘れて、大学で新しいことを学ぼう」って(笑)。

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萩本氏

「教わる」より「気づく」

 田原 なるほど。駒澤大学の、しかも仏教学部を選択されたのは、何か理由があったんですか?

 萩本 知り合いだった野球解説者の中畑清さんに「一緒に母校で喋ってくれ」と誘われて、駒澤大学の講演会に行ったのがきっかけでした。その時、僕はちょうど60歳。講演会に呼んでくれたのが嬉しかったから、大学スタッフに「この大学に来ちゃおうかな」って冗談で言っていたら、「仏教の大学だから、来るなら仏教学部に来てね」と勧められたんです。70歳になってから、ふと、そのことを思い出してね。

 田原 仏教って難しそうですね。たまに宗教の本とか読むと、知らない言葉がずらっと並んでいる。

 萩本 その「言葉」が魅力的だったんですよ。僕はボキャブラリーが不足していると前から思っていて、仏教を勉強して素敵な言葉をたくさん知ったら、お笑いや番組作りに活かせるんじゃないかという期待もありました。

 面白いのは大学に通っている間、「勉強する」という言葉を一切聞くことがなかった。仏教では「修行する」と言うんですよ。その言葉がとても好きでしたね。

 田原 仏教の創始者であるお釈迦様が、弟子たちに「修行せよ」という言葉を使っていたんですよね。

 萩本 「修行する」は、仏教の用語では「悟る」ということ。つまり、誰かから何かを教えてもらうんじゃなくて、自分で気づきを得ないとだめなんです。

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 田原 首相だった故・宮澤喜一さんが面白いことを言っていました。日本の政治家は国際会議などの場でほとんど発言しないんだということでした。「発言しないのは、英語が出来ないからですか?」と聞いたら、「英語は関係ない。日本の学校教育が悪いんだ」と。日本では小学校・中学校・高校を通して、数学でも国語でも正解がある問題しか解かせません。だけど、環境問題や国際問題には正解なんてない。そういう問題を議論する場に日本の政治家が行くと、「正解が答えられないと怒られる」と思って口を開かないんです。

 日本の教育には萩本さんのおっしゃる「修行」つまり「気づき」がないんですよ。

 萩本 その通り。企業だって、社員に「修行」させたほうがいいんじゃないかな。僕は、上司から全てを「教わる」んじゃなくて、部下が自分で「気づく」ということを大切にする企業があれば、若者はもっと楽しく仕事が出来るんじゃないかなと思うんです。自分で考えて気づいたほうが、考え方に幅が出るんだよね。

落第ありがとう!

 萩本 仏教学部の授業は正解がない。先生の話を聞いて、自分なりに復習したり資料を読んだりしていると気づきがあって、学ぶことの楽しさを生まれて初めて知りました。

 田原 萩本さんの本にも書いてあったけど、大学では期末試験をわざと受けずに単位を落としたりしたそうですね。

 萩本 周りの同級生はいつも、「単位、単位」って気にしていたんだよね。でもそれがちょっと引っかかって。僕は単位を取るために大学に来ているんじゃなくて、大学生活を楽しむために入学したから。

 僕は普段の授業は皆勤賞で、小テストも満点。だから試験にさえ出れば、どんなに点数が悪くても単位はとれるんです。でも、いい大人があんなに頑張って授業をしてくれているのに、つまんない点数をとったら失礼になっちゃいます。だから満点をとれる自信がない時は、「来年は必ず100点を取るから、今回は落第ありがとう!」って、試験を欠席していました。

 田原 萩本さんは4年で卒業する必要はないですからね。じっくり時間をかけて学んでいけばいい。

 萩本 他の子は親から学費を出してもらって大学に通っていますから、「4年で卒業するのが恩返しだぞ。俺の真似はするなよ」って言っていましたけどね。

若者のオシャレな会話

 田原 大学は学ぶ楽しさに加えてもう1つ、いろんな人と出会える楽しさがありますよね。萩本さんは実際に行ってみてどうでした?

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 萩本 1年生の時、ある女の子が「欽ちゃん、友達になろう」って言ってくれたの。僕はその時、どう言ったらいいのか分からなくて、ちゃんと返事できなかったんです。4年経ってその子に「あの時、何て言ったらよかったの?」って聞いたら、「欽ちゃん、簡単じゃない。『もう友達だよ』って言えばよかったのに」って。若い人達ってオシャレな会話をするんだね。そういう素敵な言葉を、たくさん教えてもらったと思います。

 田原 定年で会社を退職した人たちが、その後の生活で何に一番苦しむかというと、「孤独」らしいです。そういう人達にとって大学は、社会と繋がりを保つのに役立つ場所になるかもしれませんね。

 萩本 僕が駒澤大学に入学したって知って、同じように入学をしてきた大人はすごく多かったですよ。大学で講義を受ける時、いつも教室の最前列の席に座っていたんですけどね。前列5列目まではほとんどオジサンやオバサンでした。

 田原 萩本さんと同じ社会人入学ですね。その人達も、友達は出来ていたんですか?

 萩本 中には授業を受けるだけで、終わったらすぐにトボトボ帰っていく大人がいてね。「お父さん、それ無駄よ。お金に余裕があるんだから、あそこにいる若いやつに投資しろ! 投資すれば、あいつらすぐ友達になってくれるから」ってアドバイスしたんですよ。

 暑い夏の帰り道なんかに、「お前、そろそろビール飲める歳なんじゃないか」って声をかけたら、「気づいてくれてありがとう」って嬉しそうな顔をするんです(笑)。それでビールを1杯ご馳走すれば、色んな話が出来る。そういうことをしないと、大学に行っても面白くないよね。

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 田原 社会人と学生、いろんな繋がりが生まれてきていいですね。

 萩本 こんなこともありました。お坊さんになりたいって、仏教学部に入ってきたお父さんがいてね。福島に住んでいたんだけど色々あって先が見えなくなって。僕が駒澤大学で夢を語っているのを見て入学してきたんです。僕はお父さんに「この大学にはお寺と繋がりのある人が多いから、『お坊さんになりたい』って声に出して言っときなよ」とアドバイスをした。そうしたら1年後に本当に声がかかって、「僕、明日からお坊さんになるために修行に行きます。大学に来て、人生の大きな目標がまた出来ました」って、嬉し涙を流していたんです。これから何かを始める人が涙を流すって、あのお父さん、とても素敵だったね。

好きな仕事は“危ない”

 田原 萩本さんが73歳で大学に入ったように、これからの日本では年齢に捉われない自由な生き方が増えていくと思うんです。つまり、今までの「レール」をぶっ壊していくことが必要になってくる。学び方も働き方も、自分の価値観に沿って選択していくということです。でも僕は、心配なことがあるんです。

 最近の大学生は就職活動をする時、3つのポイントで就職先を選ぶらしいです。1つ目は、倒産の心配がない企業、2つ目は給料が高い企業、3つ目は残業が少ない企業。だから最近は公務員を志望する学生も多い。彼らはそもそも、自分の価値観を持っていないんじゃないか。

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 萩本 僕は最初、大学生って何かなりたい職業があって、そのために大学に通っていると思っていたんです。だけど大学で周りの学生に質問していったら、みんな、「どんな仕事をしたいかを、大学生活の4年間で考える」って言うんですね。あれはびっくりしました。それで結局、卒業が近づいてきても何がしたいのか見つからない子が多かったです。

 田原 平成元年、世界時価総額ランキングのトップ50に日本企業は32社も入っていました。ところが、去年はトヨタの1社だけ。今の世界のトップ企業はグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルで、日本は完全に落ちこぼれています。

 これからの時代は従来のことをやっているだけでは駄目で、新しい発想をして、ビジネスを生み出していくことが求められる。そのためには、若い人達が好きなことを見つけて、「モチベーション」を持って積極的に仕事をすることが大事だと思うんですよね。

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 萩本 でもね、好きなことがあって、それを仕事に出来る“優れ者”って、日本の人口の中で2割くらいじゃないですか。

 大学4年生になると、みんな就職活動が上手くいかなくてションボリしていくの。ある日、スーツ姿の男の子を見つけて話しかけたら、IT業界を希望しているけど採用してもらえないって悩んでいた。その時、僕はこう言ったの。「これまで色んな優れた人の話を聞いてきたけど、好きだからこの仕事に就いた、という人はほとんどいなかった。好きでもない仕事を好きになって、そこから努力して一流になった人が多いよ」って。そうしたら、「欽ちゃん、ありがとう。幅が広がった」って嬉しそうだった。

 実は、「好きな仕事」ってけっこう危ないんですよ。自分の夢見ていた仕事ってどうしても「上手くやろう」と手堅くなってしまう。好きじゃない仕事のほうが、「失敗しても辞めたらいい」と大胆になれて、新しい何かが生まれたりするんです。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

genre : エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ