■短期集中連載 がんで生まれ変わった10人
【大腸がん】原口文仁(元阪神タイガース)「打てば忘れる。でも、消せない不安がある」
【乳がん】梅宮アンナ(タレント)「がん家系だからこそ『標準治療』のメッセージ」
【胃・食道がん】鈴木宗男(参議院議員)「保釈直後の闘病が『あきらめない』の原点」
【膀胱がん】御厨貴(政治学者)「病と向き合って竹下登の気持ちが分かった」
【大腸・腎臓がん】垣添忠生(日本対がん協会会長)「二度のがん、妻のがん死を経験した専門医の発見」
【食道がん】秋野暢子(俳優)「生存率が劣る治療法でも『これで治る』と思った」
【腎臓がん・前立腺がん】保阪正康(昭和史研究家)「病は最初の選択が人生を大きく変えてしまう」
【十二指腸乳頭部がん・膵臓がん】安藤忠雄(建築家)「臓器五つなくて元気なのは縁起いい、と仕事が増えた」
【血液がん】花村萬月(作家)「大量のステロイドで万能感と底なしの鬱を行き来した」
【小細胞肺がん】落合恵子(作家)「三つ目の病院で医師への不信感が払拭できた」
「ああ、戻ってこられたんだな」
2019年6月4日、千葉ロッテマリーンズとの交流戦の初戦――。ZOZOマリンスタジアムの大観衆が見守るなか、阪神タイガースの原口文仁さん(34)ははやる気持ちを抑えてベンチから足を踏み出した。
「原口、行くぞ」
矢野燿大監督からそう声をかけられたのは、7対3でリードしていた9回表のことだった。ネクストバッターズサークルに向かうと、これまで経験したことのないどよめきが球場を覆う。そして、しばらくして「原口文仁」の名前がコールされると、タイガースファンはもちろんのこと、マリーンズのファンからも大きな拍手と歓声が上がった。
ところが客席に礼をしてバッターボックスに立ったそのときのことだ。周囲の音の一切が消えた。それだけこの一打席に集中していたからだ。
初球と2球目をファウルにして追い込まれ、3球目の高めのストレートを見送った。1-2のカウントからの4球目、食らいついたバットに大きな手ごたえがあった。レフトのフェンスを直撃した打球を見て、二塁めがけて無我夢中で走る。そのまま躊躇なくヘッドスライディングをして立ち上がったとき、球場の光景が一気にクリアになり、世界がたちどころに戻ってきた。そのとき、自分が大きな歓声に包まれていることに初めて気づいた、と原口さんは言った。
「観客席に見えた妻と子供に向けてガッツポーズをしながら、『ああ、戻ってこられたんだな』と思った瞬間でした」

妻を1人にしてしまうかも
当時26歳だった原口さんが「大腸がん」の診断を受けたのは、復帰戦の半年前となる1月8日のことだった。2年前からどれだけ眠っても疲労や眠気が抜けず、体のだるさが続いていた。そこでシーズンオフに人間ドックを受けたところ、担当医からがんの告知を受けた。
「まさか自分が――という気持ちでしたよね。頭が真っ白になりましたし、最初は本当に落ち込みました。野球選手は体が資本の職業なので、食生活や普段の体調の変化にはかなり気を付けながら生活していました。それだけに、自分ががんと言われたことへのショックは本当に大きかったです」

前年には娘が生まれたばかりだった。何も考えることができずに病院の外に出て、しばらくして少し冷静になると、真っ先に頭に浮かんだのがまだ小さな娘のことだった。
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