出井の社長就任に際して、出井を選んだ前社長、大賀典雄が記者会見で「消去法で選んだ」と発言したことは有名な話だが、それ以上に興味深いのは、この本の中で大賀が、出井よりはるかに実績を持つ上席の役員がいたことを認めながら、こんな発言を残していることだ。

「論理に従えば、彼(出井)は退けられることになったでしょう。たしかに経歴ではだめです。オーディオ経営者としてもたいして成功していません。ホーム・コンピュータ事業に参入しようとして、ものの見事に失敗しています。私は彼の過去ではなく、未来を買ったのです」(『ソニー ドリーム・キッズの伝説』)

 出井の社長就任を吉田は“時代の要請だった”と言い、大賀は“未来を買って”大抜擢したと語った。

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勲章が1つもない

 出井はこの本をひょいと取り上げ、ペラペラとめくり、「そうそう、ここだ」と言ってそのページで手を止めた。そこは先にも紹介したが、大賀が出井を社長に選んだ理由を作者、ジョン・ネイスンに語る場面だった。

「……たしかに経歴ではだめです」

 出井はその一節を呟くように小さく音読した。

「たしかに、そうだよな。僕はソニーでは勲章が1つもないんだよね」

 出井は過去の社長たちの名前を挙げながらこんな説明をする。

「井深さんはトランジスタラジオ、盛田さんは、なんといってもウォークマン。岩間(和夫)さんは半導体でしょう。そして、大賀さんはCDですよ。皆さんこうした後世まで語り継がれる実績を残されていますよね」

 その上で出井に、大賀はソニーが置かれている状況を非常に厳しく見ていたから、ソニーが非常時だからこそ、普通に優秀な人間ではダメだ、実績なんて意味がないと考えたのではないかと問い返すと、出井はポツリと、「そうかもしれないね……」と言うだけだった。

 出井の経歴は、敢えて言えば、“普通”のサラリーマンのそれとはずいぶんと異なる。ある電機メーカーの幹部から出井はこんなことを言われたことがあるという。

「出井さんはソニーで良かったですね。松下(電器)なら絶対に社長にはなれなかったですよ」

 松下電器(現、パナソニック)では社長になれない出井の資質に大賀は賭けたのだろう。大賀はそれを“出井の未来”という言葉で表現してみせた。

 なぜ大賀は、出井という男の未来にソニーという会社の未来を託したのか。サラリーマン時代の出井に大賀は何を見たのか。