鉄棒で突き回し、最後は頭を銃で一撃…腹を割られ左前足をもがれた“クマの死体”が物語る「人間の恐ろしい欲望」

合法という名で行われた大量捕獲の実態

■昭和23年 1頭で10万圓米48俵

昭和23(1948)年4月21日付けの「岐阜タイムス」(岐阜新聞)に富山県でのクマ狩りの記事と、残雪上を2人の猟師がクマを引いている写真が載っている。記事の最後に、「三十貫の大クマ、一頭、十万圓と言われる」とあり、じつに48俵に相当した!

製薬が盛んな富山県で殺獲されたクマは他県のクマより割高で取引されており、北陸のクマは最高級品、秋田県阿仁地方のクマはブランド品だった。翌日の同紙の紙面には「食料楽観は禁物――増配も国民の誠意次第」というタイトルが見える。農民に生産物の供出を督励し、等しく飢えた国民に誠意という道徳を押しつけて、地方への買出しを断念させる政府発表だ。

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クマは高価であったために1990年代初頭まで、養蜂家を装った「クマ捕獲業者」もいた。養蜂家の団体の機関誌には、養蜂技術ではなく、クマの捕獲方法を詳報している。

この報告者はある県の養蜂団体の幹部である。彼はつねに自分の蜂場の全周60メートルほどを高さ2メートルの厚いトタン板で囲い、1カ所だけ開け、そこに鉄製のクマ捕獲檻を置き、ハチミツの臭いを嗅ぎつけたクマを全部捕獲していた。

あくまでも当時、この方法は合法である。設置者は「経費が50万円もかかった」と発言するに及び、私は各方面に、このような方法はやめるべきだと働きかけたところ、短期間で全国的に是正された。

米田 一彦(まいた・かずひこ)
NPO法人日本ツキノワグマ研究所理事長
1948年青森県十和田市生まれ。秋田大学教育学部卒業。秋田県庁生活環境部自然保護課勤務。86年に退職し、フリーの熊研究家となる。多数の助成により国内外で熊に関わる研究・活動を行う。島根、山口、鳥取県からの委託によりツキノワグマの生息状況調査(00~04年)のほか、環境省の下でも調査を行ってきた。十和田市民文化賞受賞(98年)。日本・毎日新聞社/韓国・朝鮮日報社共催「第14回日韓国際環境賞」受賞(08年)。主な著作に『熊が人を襲うとき』(つり人社)、『山でクマに会う方法』(ヤマケイ文庫)、『クマ追い犬 タロ』(小峰書店)、『クマを追う』(丸善出版)、『絵本 おいだらやまの くま』(福音館書店)ほか多数。◎日本ツキノワグマ研究所