ドラム缶檻の側面には通気、注射、観察用の直径25ミリの穴を多数開けてあるが、その穴に鉄棒のようなもので、あおって広げようとした痕跡があった。それに鉄棒でクマを突いた傷が多数、脇腹に残っていた。殺しかねた密猟者は銃を持ち出して、クマの頭を撃ってとどめを刺していた。

ツキノワグマの生息数は西中国三県(広島県・山口県・島根県)で250頭と言われていた時代、その貴重な1頭が無為に殺害されたのだ。この場合、クマの所有者は私ではなく、あくまでも山野で自活する無主物であり被害を訴える権利はない。

漢方薬と珍味のために殺される命

ただ事実関係を行政に通報し、警察にも伝えられた。だが、警察が指摘した犯罪事実は「銃の目的外使用」だけであり、県は「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」のどれにも該当しないこととした。この法律に関わったことがある私には納得できたが、非常に不快な出来事であった。

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そのハンターはこの村(旧吉和村、人口870人)の関係者で、私が山深くで調査捕獲を行なっていることを知っており、私を追跡すれば「クマにありつける」と思ったのだそうだ。このようなクマの密猟は西日本で多発していた。胆嚢は「クマノイ」であり、左手は中国北東部に住む朝鮮民族の珍貴な料理であって、日本では関西を中心に西日本で需要が多いからだ。

環境庁は西日本17県のクマを狩猟禁止にした。そもそも、クマノイとは何か。熊類の胆嚢はクマノイと表記されて漢方・民間医療で用いられ、捕獲に銃を用いることが困難な時代には、この強獣を部落全員の力を結集して捕獲して高額で換金するなり、自分たちの医療に用いていた。また封建時代には権力者が強権的に収集し、さらに上部の支配者に献納していた。

近代でも新聞に捕獲の事実とともに獲ったクマがいくらで売れたかが書かれた記事が多数見られ、所有を巡って悲喜こもごもの事件が起こっている。クマノイの【イ】は胆嚢の意味なのだが、昭和期までの新聞、雑誌には「クマノ胃」の誤記が多数見られる。