家のドアノブを回すと吐き気が…辛かった選手時代の記憶
――今の小泉さんのお姿からは想像できないほど、お辛い思いをされていたのですね。
小泉 当時、同年代の選手はスターばかりでしたが、僕は「へたくそ!」「やめちまえ!」など、毎日のように罵声を浴びせられていました。
また、練習に行く前、家のドアノブを回すと、グラウンドを連想するスイッチが入ってしまうのか、吐き気がして家から出られなくなってしまったんです。ただでさえ試合に出ていない“給料泥棒”のゴールキーパーが、練習を休むわけにはいかない。そこで、すぐに練習へ行けるようにと、グラウンド近くに車を止めて、車中泊をしていましたね。
――身長193センチというお身体で、車中泊はとても大変だったと思います。そこから、お料理をSNSに投稿するきっかけはどのようなことでしたか。
小泉 ゴールキーパーにとって一番大事な開幕戦のシーズン直前、コロナ禍の自粛で2週間休まないといけなくなったんです。試合に向けてめちゃくちゃ頑張っていたので、「これだけ努力をしてきたのに……終わった……」と絶望しました。
そんなどん底にいた僕を変えてくれたのが、自炊でした。毎日の食事を自分で作るようにしたところ、体も心も変わってきたんです。「もしかしたら、これってなにかの気づきを与えてくれたんじゃないか?」と思いました。
だから、自粛中の2週間で家のキッチンをDIYして、料理記録のために新しくインスタグラムのアカウントを作ったんです。休みが終わったあとから本格的に料理を発信したところ、「現役Jリーガーの自炊」が珍しかったのか、SNSでバズりました。
――自炊のきっかけはコロナ禍だったのですね。その後、2023年に選手を引退され、本格的に料理研究家へ転身されました。もともとお料理は得意だったのでしょうか。
小泉 それが、料理はまったくできなかったんです。「お米を研ぐのも面倒くさいな」と思って、炊飯器すら使えなかった。冷凍チャーハンすら、真っ黒焦げにしていましたからね。
その時、母親に「こんなの作ったよ」って焦げたチャーハンの写真を送ったら、「あら、すごいじゃない」って褒めてくれたんです。でも本当は、「こんなものを食べて大丈夫かしら」と思いながらも、自炊のモチベーションを下げないように優しい言葉をかけてくれていたらしくて。僕、本当に家族に恵まれているんです。

