次の世代のために、よりよい世界を

山口 ここまで「歴史を知ると役に立つ。企業経営にも使える」という功利的な側面について述べてきましたが、もっとも重要な点は、よりよい世界を建設して次の世代に譲り渡していくためには、歴史は絶対に学ばなくちゃいけない、ということですよね。

深井 そのとおりです。「自分が受け取った平和な社会をよりよくして、子供たちの世代に渡したい」ということを僕も強く思っています。少なくとも日本においては、私たちは先人から平和で豊かな世界を受け取りました。受け取ったものを悪くして渡すのは、大人の態度として本当に格好悪いなと思っていて。そういう大人にはなりたくないという強い欲求があるんです。

写真はイメージ ©︎AFLO

 先ほども話しましたが、現代において社会を動かす力を持っているのは企業でありビジネスパーソンなんですよね。一昔前は、先端技術は国家が持っていましたけれど、いまは企業が技術を持っていて、お金も、人も動かすことができる。たとえば、グーグルの親会社であるアルファベットの年間純利益(約1300億ドル超、日本円で約20兆円規模)は、フィンランドの年間国家予算(約888億ユーロ、日本円で約16兆円)を大幅に上回っているんです(2025年)。

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 そういう力のある企業の優秀な人材が、政治に影響力を及ぼし始めているのがアメリカです。そうした流れは日本にも来るだろうと思っています。そうなったときに、ビジネスパーソンが歴史を知らないのでは、歴史上の失敗と同じことが繰り返される可能性があります。それでは困るんです、ということを僕は講演で伝えています。

 数字上は莫大な利益を上げているけれど、その収益源が社会の分断を煽ったり、詐欺的な広告だったりする場合、それは企業としてダメだと思うんです。だから、「あのような倫理観の欠如した会社に勤めるのは、人生の汚点だ」くらいの文化を作りたいと思っているんですよね。

 巨大企業の動きによって、その後に続くスタートアップや中小企業の行動原理が決まってしまうじゃないですか。その自覚を持って、保身のような「サラリーマンの論理」だけで動かないでほしい、ということをずっと言い続けています。

 もし10年後、20年後に振り返った時、本当にどうしようもない世界になっていたとして、自分の子供にそんな未来を渡したくなかったな、と思うとするじゃないですか。その時に、「あの時勇気を出してやっておけばよかったな」なんて後悔したくないんですよね。組織として、「ダメだとわかっていることはやらない」。シンプルですが、ダメだとわかっていることを続けるのは、共犯者になることですから。この瞬間、変えられない理由が何なのか、一度立ち止まって考えて欲しいんです。

 日本社会は個人の倫理には厳しいですが、組織の倫理には、驚くほど甘い。本来、その優先順位は逆であるべきです。強い倫理観を個人に求めることには限界があります。しかし組織の意思決定には、それを求めることができるし、求めなければならないと思っています。

山口 たしかに社会運営の機能そのものをビジネスに落としていくっていうのも、ここ50年ぐらいの長期的なトレンドだと思います。

 人間の営みの究極的な目的は何かと言ったら、「健全な社会の構築」という、ただそれだけですよね。そう考えると、企業の活動も個人の活動も、すべてその大きなプロジェクトを実現するためのサブ・プロジェクトというふうにも言えると思います。健全な社会の構築に向けて、いまここで何をすべきか、すべきでないかということを正しく判断していくためには、やはり歴史に学ぶという姿勢が必要ということになりますよね。

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