木造都市の経済圏
山本 大規模な再開発が行われると、それをきっかけに経済も動く。こう言うと開発によるお金儲けを批判していると思われるかもしれませんが、別に私は都市開発で経済活動を行うなとは言っていません。昔からベネチアにしろパリにしろ、都市開発こそ経済活動の中心です。未来のためにも停滞していいわけでなく、経済を成長させるためには都市改革は常に必要です。
ただ、そこで生まれた利潤を都市に住むコミュニティーの人々に還元する必要がある。原研時代に私たちが世界各地を実際に訪ねて行った集落調査でも、生活者中心に経済活動をすることで多くの都市が形作られてきた様子が明らかになりました。日本でも京都などがそうですが、律令制の中国の影響を受けて平らな場所に格子状、つまりグリッド状の都市が設計された。それはそこで働く職人や商人にとってとても効率の良い都市だったのです。住居と職能が近接しながら同じ区域で効率的に生産性を上げていた。住民自治もしっかり確立され、各々の都市が小さな経済圏を確立していたのです。
隈 日本がその経済圏を維持できたのは木造建築であったことも大きかったでしょう。木造は色んな意味ですごく「造りやすい」。時代の社会経済や環境にあわせて柔軟に形を変えられました。また、改築しやすいだけでなく、寸法も材料となる木の大きさに制約されるから、コンクリートみたいに100メーター級のタワーは造れないかわりに、必然的に道も建築もヒューマンスケールになっていく。日本の都市に漂うある種の人間らしさ、親密さのような雰囲気は、木造であることによって担保されていました。鎖国の時代もあって別の資材が長く輸入されず、自分たちで調達できる材料で町を形成していたのです。
山本 隈さんの言うとおりです。日本には石垣を精密に積む優秀な石工集団も存在していましたから、石で建築を造ることも十分にできたと思いますが、建築物は木造に徹していました。それは石に比べて木造は自然を消費しないから。木材の利用は、山林の保全活動と深く関係しています。戦前までは、日本の都市は世界有数の木造都市でした。それが豊かな山林を育てていたのです。
隈 ですね。石で造ろうと思えばできたと思います。でも西洋のように道をバンと通して都市をつくり上げるのではなく、木という素材を大事にしていれば町という空間が自然と保てることを日本人は知っていた。山林の多い日本は消費しながら植林することで山林も守れるし。持続可能な循環システムの重要性が日本人の肌身に染みていて、戦前までは木造の町並みがもつ世界に類のない独特の趣が色濃くありました。
山本 米軍によってそんな日本の伝統的な都市は隅々まで壊され、伝統的な経済システムも破壊された。アメリカをモデルとする新たな都市は経済成長に大いに貢献しましたが、逆に自然を破壊するような都市経済システムになってしまったのです。
町と経済、そして町と都市計画は非常に密接な関係がある。にもかかわらず、今、問題なのはディベロッパーが町を壊してそこでの利益を自分たちで独占していることです。原研究室があった六本木も、六本木ヒルズのぶっといビルが建って、今では景観が全く変わってしまいました。
※本記事の全文(9000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年6月号に掲載されています(山本理顕×隈研吾「巨匠“激突” これでいいのか、日本の都市開発」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・住宅政策が弱者救済から一気に金融商品になった
・安倍政権下、金融資本主義型の都市政策に「ターボ」がついた
・ゼネコンも金融資本主義に巻き込まれて技術力も痩せ細った

