――お腹を殴る蹴る。

うさたに 吐いちゃうくらいでした。この人やばいなとその時はっきり思いました。両方の親に、殺されるかもと泣きながら即連絡したのを覚えています。

――それでもう無理だと。

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うさたに 本当はそれでも許したい気持ちはあったんですよ。ギャルのポジティブさでなんでも許そう、許せるはず、みたいに思ってたし。でもどうしても無理でした。頭では「許してあげよう」って思っても体が拒絶するんです。

――何か症状が出てしまったんですか?

うさたに 後から振り返ると解離性障害みたいな感じでした。1日に何回も過呼吸になって、急に泣いたり笑いだしたり、一点を見つめて動けなくなる。自分としてもずっと暗闇の中にいるみたいで、自分が誰だかわかんなくなるんですよ。で、そこからの戻り方がわかんない。

 

――自分が自分でないような感覚ですか。

うさたに 毎日いろんな人に会うのが楽しみだった私が、ぼーっとして何もできなくなってました。YouTubeも更新できない時期があったんですけど、あの頃がまさにそうです。マジで自分の人生終わったと思いました。

 クリニックへ行ってうつ病って初めて診断された時は信じられなかったけど、お酒の量も増えて飲まないと眠れなかったし、体が壊れていくのに止め方がわからなかった。完全にうつでした。

なんでも切り替えられるギャルのマインドでも「あの時はさすがに無理でしたね」

――そんなギリギリの状態で支えになったものはあったのでしょうか。

うさたに やっぱりギャルが最後の支えでしたね。そんな最悪の状態でも、ギャルであることに対してはずっと前向きだったんです。私の最終目標は、100歳のギャルおばあちゃんになって、現役ギャルモデルのまま、いろんな世代のギャルたちに囲まれながら地球を卒業することなんですよ。その目標はずっと残ってて、「ここで終われない」ってずっと思ってました。

 ギャルのマインドは何があっても「神イベ神イベ」って切り替えられることだと思うから、どん底でもその気持ちだけはずっとありました。

――ギャルのマインドが最後の支えだったんですね。

うさたに でもあの時はさすがに1人では無理でしたね。周りの人たちが助けてくれて、ずっとそばにいてくれた人もいたし、ボロボロの私をなんとか励まそうとしてくれて。「あの頃のうさたにはやばかったね」って今でも言われるくらい別人だったんで。