「埋没腐植質アロフェン質黒ボク土」はまるで氷入りのグラスにミルクを注ぎ、さらにドリップコーヒーを静かに沁みわたらせた感じではないか。「湿性沖積水田土」はシリアルやクッキーを敷きつめ、いちごチョコでコーティングしたバーをかじった断面そのものだ。
『美しき日本の土壌図鑑』をめくると、足下でそんな豊かな色世界が広がっていたことに驚く。赤、橙、白、桜など9色に大別された164種の土壌の色彩を楽しむことができる。まとめたのは東京農業大学で土壌学を研究する加藤拓教授だ。
「土の中の、生物が住む場所が『土壌』です。土壌は約8割が鉱物、2割が生物起源の有機物で構成されます。落ち葉が微生物などによって分解され、水とともに沁み込んでいく。火山灰が降り積もり黒い層が重なる。鉱物が数百年、数千年の時をかけて風化、堆積する。そうして土地ごとに異なる顔つきを見せるのです」
一頁に一つ、モノリスを掲載し、採取した土地や特徴を解説する。モノリスとは土壌に特殊な樹脂を使い固め、薄くはぎ取ったものを木枠にはめ込んだ土壌の標本だ。この方法を1970年代より確立し、採集してきたのが国立科学博物館の主任研究官を務めてきた平山良治先生。埼玉県立川の博物館に赴任後も、同館の森圭子学芸員とともに採集を続けた。保管場所は倉庫代わりに借りた民家だ。
「2年前、『美しき土壌の世界』展を開き標本を平山先生、森先生からお借りした際、保管に関する苦労を知りました。この本はその保管費用に役立てたいという思いから始まっています」
本書は文字の説明は最小限に、地下断面を透視するようなデザインで土壌の美しさを直感させながら、土それぞれの表情を楽しませてくれる。
そうして眺めていると、土壌とは何かという問いが芽生える。9本のコラムはその好奇心に応えてくれる。見えてくるのは、日本の国土が持つ土壌の優位性だ。
「日本の陸地面積の3割は黒ボク土で構成されています。地球上では1%という土壌です。黒ボク土は火山灰を母材に生成され、関東や熊本、鹿児島で多く見られます。この土は植物が必要とする土中のリンを吸着してしまい、例えば稲が育ちません。今は化学肥料で解消しますが江戸時代より前は“痩せた土地”として扱われました。ところが蕎麦や薩摩芋は黒ボク土でも育つので江戸や薩摩の食文化に繫がりました。この土は森林より高い炭素貯留力を有します。日本はカーボンニュートラルで大きなアドバンテージがあるのです」
日本は他に沖積土や褐色森林土が多く分布する。沖積土は河川が作り出す土地で肥沃といわれる。氾濫リスクは高いが作物がよく育ち京都、大阪、愛知などに見られる。褐色森林土は森林で発達する土壌だ。
「日本は樹木が成長しやすい環境で“あとは野となれ山となれ”の山とは森を意味する気候風土を表した言葉です。ところが明治以前の日本は森林よりも草原が広がっていました。木は建築材、燃料であり戦国時代は敵が身を隠さないよう伐採されていた。草原に生えるススキなども屋根に葺いたり日用品の材料として利用する重要な資源でした」
土壌が、異物が混ざるとすぐに変化する水や空気と異なるのは緩衝能にあるという。例えば杉林で十数年、硫酸をかけ続けても土が緩衝し、杉は影響を受けず生え続けるという。土壌とはそれほどに逞しいのだ。
本書は日本の農業、環境、歴史を潜在的に支える「土」の面白さを教えてくれる。
かとうたく/東京農業大学応用生物科学部教授。筑波大学生命環境科学研究科博士課程修了。茨城県農業総合センター研究員、帯広畜産大学研究員、神戸大学助教を経て、2015年4月より東京農業大学に勤務。24年4月より現職。

