現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。ゆかりの城として今回訪れたのは、石川県七尾市の「七尾城」だ。城自体はドラマでの登場こそないが、上杉謙信とは因縁があり……。
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織田軍大敗を招いた戦の前哨戦
戦国一の戦巧者というイメージで語られることも多い上杉謙信が、『豊臣兄弟!』でもついに織田家と激突。
1577(天正5)年9月、加賀国で勃発した手取川の戦いでは、柴田勝家率いる織田軍は大敗を喫する。なお、この時、秀吉は決戦前に独断で戦線離脱したため、信長の激怒を招いてしまう。
この戦いには前哨戦があった。織田軍が加賀まで出陣したのは、謙信の猛攻にさらされていた隣国・能登の畠山氏の七尾城を救うため。要請を受け、約4万人もの援軍が派遣されたのだ。
その畠山氏の居城が七尾城。前年の1576(天正4)年11月より謙信の大軍に囲まれるも、なんとか耐え抜いていた。結局、約1年後の手取川の戦いで謙信が勝利したため、城内にいた複数家臣の寝返りに遭い開城となる。
最終的には敗れたとはいえ、「軍神」との異名も持つ謙信の猛攻に耐え抜いたのだから、畠山氏の大善戦といえる。家臣の寝返りがなければ持ちこたえていた可能性もある。あるいは、織田軍の援軍到着がもう少し早ければ……。
というわけで、上杉謙信も「加賀・越中・能登の要」「要害山海相応し」と絶賛した北陸屈指の巨城にして難攻不落の城、七尾城の実態を紹介しよう。

