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のっけから現れたV字が過ぎる大堀切
かつては能登国府が置かれ、今も人口約4.5万人と、能登地方の最大都市である七尾。能登湾南岸の平地に広がる町の背後にそびえる城山が、七尾城のあった場所だ。
標高300m、比高250m。麓の七尾城史資料館からだと約1時間だが、今回は山頂近くの駐車場を起点とする。ここからなら本丸までわずか比高30mほど。ただし尾根伝いに遺構が連なっているので、ある程度「下って登って」にはなりそうだ。
単なる「観光」なら本丸ピストンでもよいが、要害ぶりを実感するにはやはり、足を運べる遺構はひと通り巡りたい。
本丸までの道程に、見逃されがちな遺構がある。駐車場からすぐ左、長屋敷と本丸間の堀切だ。落差も20m以上はゆうにあり、幅が非常に狭く鋭い。
江戸時代末期の絵図では「関東橋」という橋が架かっているが、さもありなんという光景。長屋敷にも足を踏み入れたかったが、急斜面に道らしきものはない。頭上の長屋敷内もどうやら草に埋もれていそうに見えるので諦め、本丸方面へ。
草の生い茂る絶壁の上に…
岩盤を切り開いた切り通しを抜けると、調度丸の広大な空間が現れた。見事なまでに整地されている。左手が本丸で、草の生い茂る絶壁の上に、石垣も見える。調度丸に攻め込まれた際でも迎撃体制は万全そうだ。
この絶壁を直登するのは到底無理なので、本丸へは一旦、調度丸の奥まで進む。すると、アレが見えてきた。




