あまりに絵になる段石垣
先ほどの絶壁には及ばないが、落差はトータルで15m近くはありそうだ。七尾城最大の石垣。より近くから見上げるほどその迫力を体感できる。
段石垣は技術的に高石垣が築けない場合に高さを稼ぐ代替技術ともいわれるが、各段にそれなりの幅を持たせてある。擬似高石垣ならセットバックは必要最低限でいいはず。各段に柵などを設けて帯曲輪的な役割を担っていたのかもしれない。
そして絶景ビューの本丸へ
段石垣を横目に登り切ると遊佐屋敷。重臣の遊佐氏の館跡だ。重臣といっても、遊佐続光は落城のきっかけを作った寝返り衆の一人なのだが。
低い石垣は屋敷のものだろうが、折れもある。背後には覆い被さるような本丸北東の切岸も見えているせいか、二段構えの防御構造のようにも見える。
遊佐屋敷を過ぎ、切岸を避けるように左へ迂回すると、先ほどの本丸石垣が目の前に現れた。下から見上げるよりはるかにインパクト大。
調度丸奥の段石垣は高さが不規則だったが、こちらはほぼ均等に階段状になっている。やはり石垣上のセットバック幅は広い。
脇の階段を登り切れば本丸に到達、北と東へ眺望が開けており、七尾の市街地と能登湾を一望できる絶景が広がっている。
本丸は見た目では調度丸の半分ほどの広さだ。南に櫓台のような高まりがあり、城山神社が祀られている。北には高土塁、その裏側は先ほど見上げた切岸だ。
縄張図では、高土塁左手に副曲輪があり、尾根伝いに遊佐屋敷まで降りられそうだが、残念ながら整備中で立入禁止になっていた。
2024(令和6)年1月の能登半島地震により、七尾城は石垣崩壊や地割れなど各所で被害を受けた。徐々に復旧しつつあるが未だ途上なのだ、ということを実感する。
同じ道を遊佐屋敷まで戻り、副曲輪からの尾根を下り切った場所まで足を運ぶと、明確な堀切が切られていた。
やはりこちらが本来のルートで、現在の見学ルートは往時には存在しなかったのかもしれない。







