「小学校の時はすごく明るかったんですが」年を重ねるごとに人見知りが強くなり…

――どんな子供でした?

AIKA 小学校の時はすごく明るかったんですが、年を重ねるごとに人見知りが強くなりましたね。なぜかはわからないんですが、いろんな人と出会うたびに人見知りになっていった気がします。

 リーダー的な役割も得意ではなくて、言われるがままのほうが楽でした。クラスのヒエラルキーとか、そういうのもあまり好きではなかったですね。

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――でも、どこかで目立ちたいという気持ちが。

AIKA ありましたね。3歳から祖父母にやれと言われてピアノを続けていて、小学校から高校まで合唱コンクールのピアノ伴奏をずっとやっていました。

 伴奏者は立候補制で、オーディションみたいに立候補した子たちが演奏して多数決で伴奏に選ばれるんですよ。課題曲がアンジェラ・アキさんの「手紙」で、それを弾いて選ばれましたね。

「何かで輝きたい」って気持ちがどこかにあったんでしょうね。前に出るのが得意ではなかったけれど、ピアノという形では目立てた。あと、負けず嫌いの部分もあったんだと思います。

 

高1のときに芸能事務所の人から声をかけられたことも

――ピアノ以外には。

AIKA 中学ではソフトボール部に入ってキャッチャーをやっていました。誘われたのと「カッコいいな」と思って入ったんです。高校は商業高校で、淡々と過ごしていた感じです。

 ただ、自分では意識していなかったんですけど、妹のまわりの子たちが私のことを知っていて、いろいろ聞かれたりしてたらしくて。自分ではわからなかったけど、私は元気系のハーフみたいな感じで認識されてたみたいですね。

――群馬はヤンキー文化が強いと言われることもありますが。

AIKA 多いです(笑)。でも、祖父母に厳しく育てられていたので、そちらの方面には行かなかったです。そういう友達はたくさんいましたけどね。お父さんも若い頃に一瞬グレていたと聞いていて、それで祖父母がガッカリしたと。