怨嗟の言葉が約20年の時を経て脳裏をよぎった。

「法律が許してくれるならば、この手で刺したい」

 歌手・島倉千代子が2005年に自著の出版会見で語ったこの苛烈な言葉は、天真爛漫な彼女のイメージとあまりにかけ離れていた。刺したい相手とは誰か。巨額の借金を背負わせた者か、金を騙し取っていたあくどい興行関係者か。会見では名前は明かされなかったが巷間で囁かれたのは当時、視聴率の女王として持て囃されていた占い師・細木数子の名前だ。

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 その細木の半生を描いたドラマ『地獄に堕ちるわよ』(ネットフリックスで配信中)。全9話だが、島倉が登場するのは第6話の後半になってようやく。それまでは戸田恵梨香演じる細木数子を語り部として貧しい幼少期から銀座や赤坂のクラブ経営者として身を立てるまでの紆余曲折が描かれる。空腹に耐えきれずミミズを食べた少女時代。何度も男に騙され続けた青年期。それでも彼女は類い稀な商才と度胸でしぶとく立ち直る。

「私の人生は面白いわよ」

 細木の口から語られる半生は劇的で実に魅力的だ。淡く切ないロマンス。夜の女と裏社会の男の色香。戦後日本の復興と発展が1人の女の野心と重なる“裏おしん”のような女の一代記。

 だが待て。どうも臭う。よく出来た物語にふと疑念が浮かんだところで遂に島倉千代子が登場する。知人に騙され保証人となり、今の価値で総額14億円もの借金を抱えた彼女は、橋から身を投げようとしていたところを偶然通りかかった細木に助けられる。その縁で細木は島倉の後見人となり、借金を肩代わりし、彼女を公私共に支える存在となった、というのだが……。

 一方、細木の実弟は全く違う“物語”を話し始める。借金は1年足らずで返済できていたが島倉は3年間、馬車馬のように働かされ、ようやく自分が細木に食い物にされていると気付き、袂を分かった、と。さらに怒りと情けなさに震えた島倉は細木にある壮絶な復讐を果たしたとも。ところが、島倉本人を問い詰めても、「(細木は)私の命の恩人よ」と言い、それ以上語らない。真相は藪の中だが、想像以上に踏み込んだ内容に作り手の覚悟が伝わってくる。

 細木が占い師として世に出た頃の事件も描かれる。“政財界のフィクサー”と呼ばれ歴代首相や財界人の指南役として知られた易学者・安岡正篤(劇中では安永正隆という人物)と細木が突如、婚姻関係を結んだ騒動だ。安岡は玉音放送の終戦詔書の草案に関わり、新元号「平成」の考案者とされる大人物だ。細木と出会った当時は85歳で、40歳も年が離れていた。認知症の症状があり、親族は婚姻の無効を訴えて後に籍は抜かれたが、あな恐ろしや。“昭和の碩学”と称される安岡まで籠絡するとは……。

 細木数子は戦後日本の心の支えだった国民的歌姫、精神的支柱である知の巨人をも喰らう怪物だった。

 脇を固める役者の演技も光る。特に島倉千代子役の三浦透子、安永正隆の娘役・市川実和子が素晴らしい。三浦透子は島倉本人とは顔立ちが異なるが、佇まいや雰囲気、情念が重なって見えてくる。歌唱も自らこなしている。次は島倉千代子の半生を彼女で観てみたい。

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ドラマ『地獄に堕ちるわよ』
ネットフリックスで配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81700182