炭鉱の島として栄えていた当時を知る人が、今もそこに暮らしている
この日、案内してくれたガイドさんは石炭を運ぶベルトコンベヤーの係だったらしく、コンベヤーの遺構を重点的に案内してくれた。
コンベヤーだけではなく、ドイツ製の高速人車“女神号慈海”なども間近で見ることができた。
坑内を移動するために人が乗車するトロッコは人車と呼ばれるが、池島の坑道はどんどんと海底へと伸びてゆき、総延長は96キロに達した。坑道が長くなるほど、炭鉱マンが入坑して石炭を掘る切羽に到着するまでの時間が長くなってしまう。移動時間を短縮するために導入されたのが、ドイツ製の高速人車“女神号慈海”だった。
女神号慈海の最高速度はこれまでの2倍に相当する時速50キロに達し、移動時間を大幅に短縮することに成功した。
小一時間ほど島内を案内していただいたあと、ガイドさんと同じフェリーで池島を後にした。船上でも石炭で景気が良かった頃の話が聞けて、かけがえのない時間となった。
池島の至るところには、炭鉱の島だった痕跡が今も残っている。炭鉱施設だけではなく、多くの人が暮らしていた高層アパート群など、暮らしの痕跡も多い。
そして、人の営みが細々とではあるが今も続いている。炭鉱の島として栄えていた当時を知る人が、今もそこに暮らしていることの意味は、とても大きい。完全に無人となった軍艦島には、廃墟としての大きな魅力があるが、人が暮らしている池島にも、池島にしかない魅力がある。
以前訪問した時に見た発電所、ジブローダー、シップローダーは近年解体されてしまった。時間は過ぎてゆくものなので、炭鉱の島だった痕跡が失われ、人々の記憶が薄れてゆくのも、ある意味仕方のないことだろう。しかし、今しか見られない、今しか聞けないものが池島には数多く存在する。
池島の坑内ツアーは長崎市の観光企画「長崎さるく」の一環として行われている。2027年3月をもって終了するため、興味のある方はぜひ今のうちに参加することをお勧めしたい。たとえツアーに参加できなくても、今の池島を見ておいて損はないだろう。10年後の池島では見られないものが、きっとあるはずだ。
※記事で紹介しているツアーは以前の内容であり、現在は変更されている可能性があります。また、池島に残る遺構の多くは立入禁止になっています。むやみに立ち入ることなく、ルールを守って見学して下さい。見学にあたっては、池島に今も暮らしている方がおられますので、十分なご配慮をお願いします。
撮影=鹿取茂雄
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。






