――くも膜下出血になった人は視野が狭くなったりするらしいですね。

上野 僕の場合は視野が欠けるというのはなくて、全体的に見えにくい感じでした。右目と左目で見ているものがぴったり合わず、視野全体が二重になっているようなイメージです。

 ある日、家族が「話していても目が合わないね」みたいなことを言うようになって、先生に診てもらったら「出血で、水晶体が濁っていますね」と。両目とも網膜剥離にもなっていました。先生は「ボクシングの選手でもこうはなりませんよ」と驚いていましたね。たぶん、くも膜下出血を発症して家で暴れているときにどこかへぶつけたんだと思います。今もあまり改善していなくて車の運転はできなくなりました。

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「奇跡の復活」を果たした上野さんだが、再び病魔が……

――入院中やリハビリ中は、メンバーも面会に来られたんですか?

上野 嵐士(ボーカルの森友嵐士さん)は、すぐお見舞いに来てくれました。でも意識も戻ってなく僕の状況が酷かったので、最初は面会を遠慮してもらっていたんです。一般病棟に移って、意識もはっきりしてからまた来てくれました。

退院後に実施したメンバーの食事会で上野さんが「ライブをやりたい」と宣言すると、全員が二つ返事でOKしてくれたという。写真は2016年、カウントダウンライブにて復帰した際の1枚(撮影:田中聖太郎)

――その後、翌年の年末にはステージに立たれるほどの復活を果たされました。

上野 先生からはもともと「寝たきりになる可能性も高い。起き上がれても、基本的には車いす生活だろう」と言われていました。それでも「まずは話せるようになりたい」「1人で歩けるようになりたい」と1つずつ目標を作って懸命にこなしてきました。ベースも、完ぺきではないですけど何とか弾けるようにはなりました。

 自分ではあんまり覚えていないんですが、手が動くようになった時にお腹をさするようなしぐさを見せたらしくて。まだ言葉がうまく出てこない時期だったので、家族は「お腹が痛いのかな?」と思ったみたいなんですが、看護師さんがティッシュの空き箱にゴムを巻いて簡易的な楽器みたいなものを作って渡してくれたら、弾く真似をしたみたいです。

 本物のベースは重いから、そこからは小さめのギターでリハビリしたりと地道にやってきました。

――体が覚えていたんですね。

上野 入院中は意識障害や失語症もありましたけど、ベースを持つと何となく「ああ、こんな感じだったな」って思いだすんですよね。昔の映像も見ながら、良いリハビリになってます。僕にとってベースも音楽も、生活の中心なんです。


「背骨がつぶれている」10年後、正体不明の痛みが……

 懸命にリハビリをこなし、医師の見立て以上に回復した上野さん。音楽活動にも徐々に復帰したが、くも膜下出血から10年後の2025年、今度は止まらない咳や首の痛みに悩まされるように。

 数カ月も正体が分からず、医師からは「背骨がつぶれている」と診断されたという痛みの正体とは?

次の記事に続く 「背骨がつぶれている」医師も気付かなかった痛みの正体は…T-BOLAN上野博文(61)が明かす「闘病生活」の苦労《武道館公演で話題》

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。