前田家当主は1、3、5代目に脚光……2代目利長の急死の秘密
――3代目の利常は、加賀前田藩15代の中でも特に人気のある当主だそうですね。
安部:実は不思議なぐらい利家、利常、綱紀という1、3、5代当主に脚光が当たっていて、2代の利長と4代の光高が埋没しています。これはなぜだろうと長年の疑問だったんですが、本作で利長は自身で服毒して命を絶ち、前田家を救おうとする道を選んだという説をとりました。
服毒というととんでもないことに思われるかもしれませんが、あの時代、家を存続させるために割腹自殺するようなことは、武家においては多々ありました。「お家のために毒を召された」という記録が残っているくらいですから、状況から見て、まず間違いないだろうと考えています。これが前田家の中では“表に出したくない歴史”になってしまったのかもしれません。
跡を継いだ養子の利常は、自身を犠牲にして前田家を守ろうとした利長を弔うため、瑞龍寺というお寺を建てています。これは現在では国宝になっている立派なお寺です。ご住職が「瑞龍寺にはいくつもの秘密がある」と常々おっしゃっているのですが、本来なら寺の本尊を祀らなければいけない場所に、仏様ではなく利長そのものが祀られているのも、その最期を物語っているのではないでしょうか。
利長については表に出せないような事情があって、実態よりも相当低く評価されているし、4代の光高も宴会中に突然亡くなるという謎の死を遂げていて、なかなか評価の対象にはなりにくい。ただ、加賀藩史料を丁寧に読んでいくと、利長と利常は新しい江戸幕府の体制の中で加賀藩をどう位置づけるかということに非常に苦労していて、初期には120万石あった突出した石高をいかに守り抜くかに生涯力を注いだことは確かです。
