40回以上の手術と“鼻を作る”という決断
――額で鼻を育てるようなイメージですか?
河除 造鼻術というらしいですけど。おでこに風船を入れて少しずつ膨らませて、鼻にできるだけの皮膚ができたら、それをグルッと下に回して鼻にするそうです。
皮膚を伸ばすのに3、4か月はかかるので、夏休みに風船を入れて、11月には手術ができるかなと。中学校で働いとるもので、休みの期間を利用してやっていく予定です。
――これまでも40回ほど手術を受けてきたそうですが、何度やっても手術は不安じゃないですか。
河除 そうですね。怖いです。子どもの頃は無知といえば無知でしたけど、親に言われるがままやってきとって。
でも、大人になってからは結構ヘビーな手術が増えてきて。今回は気管切開もする可能性があると言われてるので、そうなると声がちゃんと出るのか不安ですね。
――舞台でも活躍されているということでしたよね。
河除 一昨年から地元の社会人劇団に入ったんですけど、1年に1回定期公演があるんです。今年出れなかったらまた来年やけど、来年出れなかったら、また1年待たんなならんので。やりたいことがやれないというのがちょっとつらいですね。でも、やっぱり命優先ということで。
病名すらわからなかった時代
――生まれつきの病気ということですが、顔面動静脈奇形がわかった経緯は?
河除 昔はよく分かってなかったみたいで、生まれた時からずっと「血管腫」と聞いとって、指定難病の「顔面動静脈奇形」とわかったのは27歳の時です。
母親は出産後10日間、私に会わせてもらえなかったと言うとって。産科のお医者さんが私の顔を見て、母親が過ちを犯すのではないかと考えて、周りの親族とかにも相談してそういう措置を取ったみたいです。
――産まれた時から顔に症状があったと。
河除 私に会う直前、母はお医者さんから「ショックを受けんように」と言われたそうです。
出血についても、生後3か月で輸血が必要なぐらいの鼻血が出とったいうのは聞いてます。
――初めて河除さんに会った時のお母さまの思いを聞いたことはありますか。
河除 母親は21歳で私のことを産んだんですけど、まだ若いということもあって、私の祖母が母に代わって育てようかって言うたらしいんです。でも私に会ってみたらかわいくて、「目が可愛い。この子は間違いなく私の子だから自分で育てたい」となったそうです。
その後、4歳くらいまでは母と一緒にほとんど入院しとったから、1年で2か月くらいしか家にいなかったと聞きました。
――周りの家族の受け止めはどんなものでしたか。
河除 おじいちゃん、おばあちゃんもかわいがってくれとったと思います。だから、家族の中で病気のことを引け目に思うようなことは全然なくて。
病気やいうことは自分でも分かっとったし、母親からもちょくちょく、昔やから言い方があれですけど、「奇形児やから」という言葉を普通に使っとって、隠すみたいなこともなかったです。

