病気の自覚と幼少期の記憶
――小さい時からご自身の病気について自覚されていたんですね。
河除 物心ついた時には手術とか入院もしとったし、病気やいうことは自覚してましたね。
ただ、今思えばなんで信じとったんかなと思うんですけど、母は「奇形児やから」と言っとったのに、「あんたの顔は弟がおもちゃをぶつけたせいでなったがや」とも言うとったんです。
だから、2つの違う理由を言われて、その両方を信じとったというか。今考えたらすごい矛盾した話なんですけど。
――弟さんも自分のせいにされてちょっとかわいそうですよね(笑)。
河除 かといって弟を恨むようなことは全然なかったんですけど、小学6年生の時、弟と私と母親と昼寝しとって、その時に母親がふと何を思ったのか、「弟がおもちゃぶつけてなった言うとったけど、実はそうじゃなくて、あんたのは病気ながや」と言われて。
その時に「やっぱりね」みたいな。「おかしいと思ったんやよね」と思ったのは覚えてます。
――大人になるにつれてうっすら「違うだろ」と思っていたと。
河除 そうなんですよ。さすがに無理がありました(笑)。
――鼻血が出やすいということで、生活面でも気をつけることが多かったのでしょうか。
河除 そうですね。でも、鼻血はいつ出るか分からないので気をつけようがないというか。
――ぶつけたりしなくても急に出てしまう?
河除 ぶつけたら確実に出るけど、ぶつけなくても出るという。ただ、小さい時は命にかかわるような病気だということを全く感じてなかったですし、出血も何とか自分で対処できる範囲の出血でした。
嫌なあだ名をつけられ、いじめられて
――手術の度に見た目にも変化があったのでしょうか。
河除 私が覚えているのは、小学校2、3年生くらいの時にやった手術で、口元の大きな血管腫をガバッと取ってくれはったのは大きかったですね。
それまでは上唇がポコンと飛び出とって、赤く腫れ上がっているような見た目やったから、「アヒルのガーコ」と言われとったがです。
――口の形状を揶揄したあだ名をつけられたと。
河除 ちょっとかわいく聞こえるかもしれませんけど、私はそのあだ名がすごく嫌で。保育園に入ったしょっぱなからいじめられました。
入院とかだけじゃなく、周りからの言動で、「自分は人とは違うんだ」と自覚したのもあると思います。
――保育園に行くのもしんどかったのでは。
河除 そうですね。保育園、小学校、中学校は嫌いでしたね。「ガーコ」って言われたり、「気持ち悪い」とか「ばい菌」とか言われたりして。叩かれたり蹴られたりとかもあったし、ゲロ踏まされたり、本当にいろんなことがあって。中学校を卒業するまでは本当につらい時期でした。
今でも「気持ち悪っ」って声が聞こえると、私のことじゃないかとドキッとするんです。
写真=細田忠/文藝春秋
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