「基本的人権はない」と言われたショック

――機能的な面だけでなく、特に学生時代は「見た目」で苦労されてきたというお話もありました。

河除 保育園の時からいじめられたり仲間はずれにもされたし、小学校に上がったらいろんな保育園の子も集まってきて、その中でもやっぱりいじめられて。で、中学校になったら中学校になったで狡猾ないじめになっていったりと、いじめの変遷みたいなものがありましたね。

――「いじめの変遷」とは。

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河除 小学校までは直接的に「気持ち悪い」とか「ばい菌」って言われたり、叩かれたりとかいう分かりやすいいじめでしたけど、中学校になると先生に分からないようなかたちの嫌がらせになっていって。

 たとえば給食の時間に男子たちが私の机を取り囲んで、「これくれよ」って言ってきて。私も嫌と言えんで、「いいよいいよ」って返したら、食パン1枚しか残らんかったいうことがありました。

 小学生時代の河除さん

 一番ショックだったのは、社会の時間に「基本的人権」について習った時、「お前に基本的人権はない」と言われたことです。

――ひどいいじめですが、どうやって乗り越えるというか、日々を過ごしていたのでしょうか。

河除 親にも先生にもいじめのことは言えんかったです。内弁慶やったので、弱いところを見せたくないというか、いじめられていることが恥ずかしくて言えんくて。先生から「何か困ったことはある?」と聞かれても、「ないです」って強がって。

 ただ、いじめられとったけど、明るいキャラではあったんです。だから、その明るいキャラの自分に似合わないことをしたくない、みたいなところもありました。

退院した後に学校へ行くと「きれいになったな」と…

――当事者が声をあげるのは大変ですよね。

河除 「いじめっ子が死ねばいいのに」と願ったことは数しれずですし、デスノートじゃないですが、ノートに「死ね死ね死ね」って書いて発散するくらいしかできんかったです。

――いじめに対して怒ったりしてくれた大人や友人はいましたか。

河除 怒ったり励ましてくれた先生は3人だけ覚えてます。手術して退院した後に学校へ行くと、毎度「きれいになったな」って言ってくれる先生がいて。実際は全然、見た目は変わってないんですよ。でも、すごく嬉しかったです。

 あとは、私がいじめられとるのを見て、今では絶対許されんけど、いじめっ子にビンタした先生もいました。その後、ビンタされた2人が私のところに来て「ごめんね」って謝ってきて。だからといっていじめがなくなったわけでもなかったけど、寄り添ってもらえるいうことは、今でも覚えとるぐらい大きい出来事やったです。

 友だちでいうと、いじめてくるのは男子ばっかりだったんですが、女の子とは普通に仲が良かったですよ。これで女子からも総スカンやったら、本当に学校に行けてなかったと思います。

 

 ただ、親も休むことは絶対許さんかったです。

――昔の親って、何が何でも学校行け、でしたよね。

河除 でも、休ませてもらえないから恨んどるとかはなくて。休ませてもらえなかったからこそ培ったど根性みたいなところはあるかもしれないです。