――学生時代、病気が原因でできなかったことや苦手だったことはありますか。
河除 私は今演劇をやっとるんですけど、本当は昔からやりたいという気持ちはあったんです。けど、自分は表舞台に出たらダメな人間なんやとずっと思っとって。歌番組のコンテストの予選に行ったりしたこともあったがですけど、絶対に自分は選ばれることはないと、自分の中ではっきりとした諦めはありました。
あと、高校生の時も、ビームライフルクラブという、高校で初めて取り入れられたクラブにテレビの取材が来たんですけど、放送を見たら自分の手前でピタッと映像が止まって、映ることはなく。「ああ、そういうことなんやな」って。
――周囲からの扱いによって諦めの気持ちが育っていったというか。
河除 いろいろ挑戦する人間ではあったんですけど、お芝居とか歌とかそういうのはやったらダメなんやな、みたいな感じでは思っていました。
「あなたのような見た目の人を採用することはできない」と言われて
――その後、就職活動でも苦労があったのでしょうか。
河除 周りの皆が内定が出る中で、自分はやっぱりなかなか希望の職種には受からんくて。自分でもダメやと思いながらも受けに行く、みたいなのを繰り返しとったんです。
――どういうお仕事を希望していたんですか。
河除 ブライダル業で、結婚式場とかで働きたかったんですけど、面接すら進めず履歴書が返ってくるばっかりで。
でも1社だけ面と向かって話してくれた会社があって。「私たちの仕事はお客さんに接する仕事やから、申し訳ないけどあなたのような見た目の人を採用することはできない」とはっきり言われました。
でも、今思えばすごく親切な人たちだなと思うんですよ。
――怒りを覚えそうですけど、逆にありがたいと思われたんですね。
河除 その時は分かってなかったです。まだ20歳ぐらいだったんで、「なんでこんなこと言われるんやろう」って、自分でも受け入れられんかったですけど、何年も経ってからわかったというか。
面接してくれたのは親世代の人だったんですけど、きっとこの子が同じことを繰り返さんように、かわいそうやけど、この業界で働くのは難しいことを伝えてくれようとしたんだろうな、と思ったんです。
――その後は進路を変更されたんですか?
河除 そこが私の前向きなところというか単純いうか、ブライダルが駄目なら「冠婚葬祭」の「葬」、葬儀の方に行こうと思ったんです。
写真=細田忠/文藝春秋
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