「地獄の合宿」が自分のスキルをアップさせた
――『銀嶺のかなた(三)みやびの楯』は、単行本にするにあたっても特に手を入れたそうですね。
安部:連載を読み返したときにぞっとしましたよ。特に第3章は冷や汗が流れるぐらい(笑)。「これは全編にわたって大幅に改稿しないとだめだ」と……そのおかげで、全体的にだいぶクオリティが上がったと思っています。
後から振り返っても新聞2紙連載という形で執筆していた時期は、もうとにかく大変な日々でした。夜中に目が覚めると、両方の締め切りに追われている感じで眠れなくなる。小説家になってこれだけ苦しいのは、おそらくデビュー作の『血の日本史』以来だったと思う。ただ、この地獄の合宿みたいなことをやったおかげで、なんとなくいい方向に出ているなと思うこともあるんです。
あのときの走り込みが、今の自分のスキルをだいぶアップさせてくれたなという手応えを、今になって感じているんですよね。これからの10年間は、また新しい挑戦を続けられるかなと思っている。そういうきっかけを与えてくれた作品ということでも、『銀嶺のかなた』は思い出深い仕事になりました。
――その先の挑戦というと『家康』の執筆ですね。
安部:これからまた『家康』の続きを書き始めるのですが、なぜ家康があのような幕藩体制を作って、その幕藩体制が260年近い安定を保つことができたのか。260年の安定を保つ統治システムや人間教育とはどういうものか。その根本にはどんな思想があったのかを明らかにすることが最大のテーマです。
家康はいつも「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」という旗印を掲げているけれど、あれは単に宗教的な信仰の言葉ではなく、100年続いた戦国時代を終わらせて、この国土を“浄土”に変えていくという政策宣言なんだと僕は思っています。実際に戦争のない安定した統治が続く体制を作り上げたわけですから。
参勤交代にしても、以前は幕府が大名を押さえつけるためのものだという評価一色でしたが、実際にはフェイスtoフェイスでみんなで平和な国を統治していこうという側面もあったし、街道の整備が進んで全国で均一化したインフラが作られていく。また情報伝達を行なうという目的も大きかったはずです。
明治維新が起こって明治政府が革命政権として徳川幕府を倒しているから、江戸時代のことは改革されて当然の体制だったんだという前提で研究が始まっています。だから「家康狸親父説」みたいなものが出てくる。
けれど僕は、260年近い安定を保つことができた理由を、ちゃんと解明したいと思っています。現代に必要とされている持続可能な統治体制を目指したという視点から、家康に迫りたい。もう70歳を超えていますが、80歳までには何としてでもこれを完成させたいと思っています。
安部龍太郎(あべ・りゅうたろう)
1955年福岡県八女市(旧・黒木町)生まれ。久留米工業高等専門学校機械工学科卒。東京都大田区役所に就職、後に図書館司書を務める。その間に数々の新人賞に応募し「師直の恋」で佳作となる。90年『血の日本史』でデビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で直木賞受賞。作品に『関ヶ原連判状』『信長燃ゆ』『迷宮の月』『ふりさけ見れば』『ふたりの祖国』など多数。
INFORMATION
※安部龍太郎さんによる加賀前田家三代の決定版『銀嶺のかなた』の完結を記念したサイン会は、2026年6月14日(日)に作品の舞台となった金沢、富山の2か所で開催されます。

