母の認知症発覚にショックを受け、当初は叱りつけてばかりいた阿川佐和子さん。「娘の名前」さえ忘れていく母を前に、なぜ笑顔を取り戻せたのか?

 介護のイライラをユーモアに変えた、前向きに生きるためのヒントを新刊『年とる力』(文春新書)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

阿川佐和子さん ©文藝春秋

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認知症を悲観したら損をする

 母は80代の始めに認知症になりました。当初は単なるもの忘れかと思っていましたが、どうやら様子がおかしい。とうとうそういう年齢になったのかと、父をはじめ家族じゅうがショックを受けました。

 まだ初期の段階だとしたら、なんとか治すことができるのではないか。そう思い、母を教育し始めました。漢字ドリルを与えたり、脳トレのゲームをさせてみたり、忘れたことをもう一度復習させて、脳に定着させようと試みたり。

 それでも母は簡単に忘れてしまう。だんだん家族もイライラしてきます。ことあるごとに母を叱りつけるようになりました。

「ほら、また忘れた。もう一度、やってみて!」

「どうして忘れるの? さっき言ったばかりでしょ!」

「薬は飲んだ? 飲んでないの? どっち? 思い出してよ」

 責め立ててばかりいました。でも、今思えば母は完全に壊れてしまったわけではなかったのです。記憶力が衰えたとはいうものの、その場の対応力や観察力、計算能力や感受性などは昔のままだった。