またあるときは、私が自分の鼻に指を当て、

「これは誰でしょう」

 娘としては、自分の名前を忘れられてしまうのが怖かったのです。すると母は、

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「お鼻ちゃん」

 名前を思い出せないかわりに、鼻と答えました。驚きましたが、もう一度、

「鼻じゃなくて、名前は?」
「鼻子ちゃん」
「違うでしょ!」

 よくそんな機転が利くものだと感心します。本当は認知症じゃないんじゃないのかと疑いたくなるほどです。

「シワシワなんだもの」

 そして別の日に、同じように、

「これは誰でしょう」

 私が問うと、

「私のおばあちゃん」

 と答えたのです。

 それまで「私のお姉さん」とか「私のお母さん」とか、思い違いをすることはあったのですが、「おばあちゃん」と言われたのは初めてでした。

「えええ、とうとう私は母さんのおばあちゃんに昇格しちゃったの?」

 すると母がケラケラ笑いながら私の顔に自分の顔を近づけてきて、ひと言。

「だって、シワシワなんだもの」

 私はこんな母と会話をすることがだんだん楽しくなってきました。いったい母の脳みそはどんな具合になっているのか興味が湧いてきたのです。

年とる力 (文春新書)

阿川 佐和子

文藝春秋

2026年5月20日 発売

次の記事に続く 「五分前のことを忘れようが、私の名前を忘れようがどうでもいい」生きているだけでありがたい⋯阿川さんが「母の介護」を楽しめるようになった理由