にもかかわらず、家族は、「母は壊れて別の世界へ行っちゃった」と思い込み、それが悲しくて悔しくて、つい母を責めてしまっていたのです。母にしてみれば、なんでみんなが急に自分を叱り始めたのか理由がわからず、動揺し、精神的にも不安定になりました。

 認知症の初期の頃は、いつも穏やかだった母が頻繁に怒ったり泣いたりするようになり、家族との衝突が絶えませんでした。

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 でも基本的には素直で明るい性格の母だったので、だんだんと家族との関係も平穏を取り戻し、ものを忘れる度合いは増えていきましたが、暴れたり徘徊したりすることは一度もありませんでした。

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昔の母には戻らない

 同時に私も学習しました。まず、専門家から「認知症を治す薬はない」と聞かされたことも大きかったです。そうか、治らないのか。つまり、昔の母に戻そうとしても無駄だということです。

 ということは、これから先、現在の「明るいけれど何でもすぐに忘れる母」と付き合っていかなければならない。だとしたら、今の母の気持を大事にするほうがお互いのためになるのではないか。

 母は自分の記憶力が低下していく毎日を、ある段階からはさほど苦にしなくなりました。ある日、私が食事を作って差し出すと、

「あら、おいしい!」と喜ぶので、「この野菜はなんだっけ?」とテストしてみます。するとしばらく考えてから、

「うーん、わかんない」「これはね、オクラ」「なんだ、オクラか」

 数分後、同じ鉢からオクラを箸でつまみ上げて口に入れ、「あら、おいしい」と言うので、「これはなんだっけ?」と再びテストしてみると、

「うーん、忘れた」
「さっき教えたよ?」
「あら、そう? えーと、なんだっけ」
「オクラです」
「ああ、オクラか。それくらい知ってるわよ」

 知ったかぶりをしてみせます。私は笑って母に向かい、

「母さん、なんでも忘れちゃうなあ」

 そう言うと、たちまち口を尖らせて、

「あら、覚えていることだってあるもん」
「じゃ、なにを覚えてるの?」

 聞くと、またしばし考え込んだあと、

「なにを覚えているか、今、ちょっと忘れた」

 なかなかトンチの利いた答え方をするのです。