父の自己破産と母からのメール「あなたは私の子じゃない」
――早稲田大学在学中に、お父様の会社の倒産という大きな試練に見舞われます。
坂井 そうですね。リーマンショックから東日本大震災にかけて実家の家業が一気に傾き、大学生の時に自己破産しました。それまで私は、「スター・ウォーズ理論」というものを持っていて、「自分の人生には都合よく銃弾が当たらない」「不幸というものは常に向こう側の世界にある」と思い込んでいたんです。いわゆる正常性バイアスですね。でも、実際に倒産を経験して「倒産するんかい!」と。「誰の身にも急に不幸は起きるんだ」と痛感し、人生に対して一切の油断がなくなりました。
その時にはもう両親は離婚していて、僕が間に入って仲裁役をしている状況でした。ある日、私が父親の肩を持ったことが母親の癇に障ったのか、母から突然メールで「あなたは私の子じゃない」「お父さんの血が入ってる」と激怒されたんです。
――実のお母様からそんな言葉を投げかけられて、子供の立場としては悲しかったのではないですか?
坂井 悲しかったですけど、不思議と怒りはありませんでした。母はもともと貧しい家庭からアナウンサーになり、バリバリのキャリアウーマンとして華やかな業界で活躍していた人でした。そこからの転落だったからこそ、その落差でおかしくなってしまったんだなと。
どんなに元々優しかった人でも、精神的・経済的に追い詰められると、思ってもいないことを言ってしまう。人間って脆いし、限界が来るとこうなってしまうんだなと、俯瞰して見て可哀想に思いましたね。だから今でも、経済的に困窮している人や辛い境遇にいる人に対して、絶対に何か事情があるはずだと考えるようになり、追い詰めないようにしています。
人に嫌われることやレールを外れることを恐れない
――その苦しかった体験や脳裏に刻まれたご両親の姿は、現在の坂井さんのお仕事にも大きく影響していそうですね。
坂井 ものすごく影響していると思いますね。倒産した時、父がリビングで深いため息をつきながら、めちゃくちゃでかいボトルの焼酎を飲んでいたんです。それを見た瞬間、「ああ、両親はもう無理だ。ここから自分がなんとかして救おう」と自分一人で燃えていた。その感覚は十数年経った今もずっと背負っています。
前職で子会社の代表を務めた際、傾いている事業を何とかするために周囲がやりたがらない泥臭い決断を自ら引き受けたことがあります。私は中学を退学になっているし、親が自己破産しても大丈夫だったという経験があるから、人に嫌われることやレールを外れることを恐れないんです。ある意味“保身”がないということですね。メンタルが強い自分だからこそできると言い聞かせていました。
昔から愛読している宮本輝さんの小説『流転の海』に出てくる「人は自尊心より大切なものを持たなきゃいけない」といった意味の一節が好きなのですが、様々な組織において経営が歪むのは「嫌われたくない」「今のポジションが不安定になる」という自尊心が原因です。しかし、自尊心や保身よりも、例えば「ユーザーへの価値提供」といった上位目的を優先することが大切。このような考え方には、今までの挫折経験が影響を与えているのではないかと思います。

