20歳になって女流棋士を目指した理由

――20歳になった2023年2月に研修会に再入会、最低限決められている在籍期間の半年(女流棋士資格が得られるB2クラスに上がっていても、通算48局指さなければならず6か月かかる)で女流棋士資格を得ています。このタイミングで研修会入りしたのはなぜでしょうか。

磯谷 女流公式戦の本戦ベスト8入りで女流棋士になれる制度もあり、それをクリアして女流棋士になることも考えていました。

 ただ、当時はコロナの影響が残っていて、リコー杯女流王座戦アマ予選、マイナビチャレンジマッチは休止。アマが女流棋戦に出る機会が減っていて、なかなかベスト8入りが実現しませんでした。

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 それで、研修会からのルートの方が確実だと考えました。9月までに女流棋士になれば、10月に始まる白玲戦D級への参加と、清麗戦への参加がギリギリ間に合います。迷う暇もなく研修会に入りました。試験を受けてC1クラスからのスタートでした。

©︎文藝春秋/杉山秀樹

――すでに女性アマのトップで、女流のプロ棋戦でも毎年のように勝っていました。実力は足りていたように思います。絶対に半年でクリアするつもりだったのでしょうか。

磯谷 はい。女流棋士になりたいなというより、半年でなるという気持ちでした。入会してすぐにB2に上がり、あとはC1に落ちなければよいので、そんなに気を張らずに指せました。

 対局相手は男子小学生が多く、さすがに全然違うというか、若すぎて。ちょっとやりにくいところもありましたね(笑)。

――再入会の時、山崎先生に師匠をお願いしたのですか。

磯谷 はい。久しぶりにお願いをしました。山崎先生は、私のアマ大会や女流棋戦での成績のことはご存知だったのですが、女流棋士になると思っていなかったみたいで驚かれました。「あー、女流棋士になるんだ」「(師匠になるのは)やっぱり俺だよね。いいですよ」という感じで、緩かったです(笑)。

――磯谷先生の実力を見て「女流棋士にならないのかな」と思っていた方は、多かったのではないかと思います。半年で女流棋士になり、山崎先生にはどんな言葉をかけてもらいましたか。

磯谷 山崎先生には「努力が3年続けば、タイトル挑戦とか、いいところまで行くと思うよ」と言われました。それから3年近く経って、「まさかこんなに努力が続くと思ってなかった」というようなことを言われて。8割勝ててもまだ、挑戦はできていないのですが。