台湾と韓国の民主化運動に共通する背景

リム 台湾映画はいろんな言葉や、方言が使われますが、メインは台湾華語のことが多いです。でもこの映画は、全編、客家語になっていて、台湾華語を話してるのは、韓国人のキムコーチと数人だけです。これもすごく貴重な映画になっていると思います。客家語メインにされたことと、当時そういう韓国人が実際に台湾にいるという状況があったのかどうか、聞きたいと思います。

©台湾映画上映会2026

タン 私の多くの映画やドラマには客家の要素を入れています。この物語の舞台である中壢は客家人が非常に多い場所なので、客家語が重要な言語になります。ではなぜ韓国人のキャラクターが登場するのかというと、リサーチの過程で非常に興味深いことを発見したからです。

 まず、当時の台湾と韓国の関係は非常に特殊でした。かつて日本に統治されていた歴史があり、その後、それぞれの国が独立した後に、共に民主化のプロセスにおいて非常に激しい運動が起きていました。

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 それで、中壢事件と光州事件を結びつけられないかと考えました。光州事件は韓国において非常に大きな事件ですが、中壢事件が起きた3年後に起きています。1970年代から韓国では多くの民主化運動が起きていました。ただ、中壢事件はこれまで誰も映画にしていませんでしたが、光州事件は多くの作品で描かれています。そこから、台湾と韓国の共通点を見つけてこの物語を語りたいと思ったわけです。

*光州事件……1980年5月に韓国の光州市(現・光州広域市)で起きた、市民の民主化運動に対する軍事政権による武力弾圧。死者は数百名に及ぶとされる。この事件を扱った韓国映画に『光州5・18』(2007)『タクシー運転手~約束は海を越えて~』(2017)『1980 僕たちの光州事件』(2024)などがある。

フィル・タン監督©台湾映画上映会2026

タン またリサーチの過程で、1970年代に非常に多くのテコンドーのコーチが台湾に来ていたことが分かりました。ベトナム戦争の後、韓国はテコンドーを海外に普及させており、台湾でも軍隊の中に格闘技術としてテコンドーを取り入れ、有事の際に素手でも戦えるように導入されました。それが徐々に軍隊から一般の協会や道場へと広がっていき、台湾でテコンドーを学ぶ人が増えました。1977年、まさに中壢事件の年に、台湾は世界テコンドー選手権で初めての金メダルを獲得しました。そして2004年のアテネ五輪で台湾が初めて獲得した金メダルもテコンドーで、その選手も客家人だったのです。こうした多くの繋がりがあり、テコンドーは非常に面白い切り口だと思いました。