母・佐藤愛子が伝えたかった読者の皆さんへ「ありがたいね」
響子 そうそう。「痛い」と「なあに?」が最後に聞いた言葉でしたね。訃報の際に「本当にありがたいねというのが最後の言葉でした」とコメントを出しましたが、これは亡くなる直前の言葉ではないんです。
去年の11月の102歳のお誕生日の時に「たくさんの人がおめでとうって言ってくれてるよ」と母に伝えると、「ああ、ありがたいね」って言ったんです。
この「ありがたいね」という言葉は、家族である私たちにではなくて、読者の皆さんに対する「ありがたいね」でした。ファンレターをもらって返事を出すわけでもなく、「先生から元気をもらいました」なんて言われると「私はね、元気をもらうっていうことが大嫌いなんだよ」と言う人でした。そういう人が、ありがたいねって最後に言ったのは、読者の方に対する本音だと思います。102歳になっても読んでくださる方がいるなんて、こんなありがたいことはないわけですから。だからどうしてもお伝えしなきゃと思って、最後のコメントとして伝えさせていただきました。
桃子 正直言うと、ちょっと危ないかなっていうのは、その前から何度かありました。祖母のお葬式の希望は、家で密葬、限られた人を呼ぶというので、全部叶えるのは結構至難の業なんですよ。家で密葬って、もうバレバレじゃないですか。住宅街に霊柩車が来て黒い洋服の人が出入りしたらどう見てもお葬式ですよ。なので、それを叶えてくれそうな葬儀社を探すっていうのをもう何年か前からやっていて。ついにこの日が来たかと思って奔走しましたけど、それと同時に母も顔面麻痺になってしまったんです。
響子 顔面麻痺に関しては、飼っていた黒猫も3月26日に老衰で亡くなっちゃったんですね。そのひと月後に母が亡くなって、多分ダブルパンチだったんだと思います。母が亡くなったその晩に痙攣が起きて固まってしまって。私は入院しなきゃならないし、彼女が一人で頑張ってくれたんです。
撮影 細田忠
佐藤愛子(さとう・あいこ)
1923年大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。小説家の佐藤紅緑を父に、詩人のサトウハチローを異母兄に持つ。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000年、65歳から執筆を始めた佐藤家3代を描く『血脈』の完成により第48回菊池寛賞受賞。15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。17年旭日小綬章を受章。
響子(きょうこ)
杉山響子 1960年生まれ。玉川大学文学部卒。両親の離婚後、母の佐藤愛子と暮らす。著書に『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』。
桃子(ももこ)
杉山桃子 1991年生まれ。立教大学文学部卒。「青乎」名義で、映像や音楽作家として活動する。著書に『佐藤愛子の孫は今日も振り回される』。
