当時のAIは今に比べると荒かった

――電王戦の数年後に初タイトルを獲得されました。

豊島 先ほども言いましたが、電王戦当時はAIについて何もわかっていませんでした。対戦相手として使っていたこともありますし、対局の中終盤を振り返るために活用したこともあります。

 自分がタイトルを獲得した時はAIがだいぶ強くなっていましたが、私はそれ以前からAIに触れていたのがよかったのか、当時は序盤でリードを取れるようになっていました。

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 もっとも、当時のAIは序盤でも荒い部分があって、今の視点ではかなり無茶苦茶な攻めをやってきます。AIと対戦するとその剛腕で負かされるのですが、その序盤を参考にすると自分の感覚が乱れるというのはありますね。

©︎細田忠/文藝春秋

――現在はプロ棋士の研究にAIは欠かせないという見方がありますが。

豊島 必要に応じてという面はありますが、使っている方が大半ですよね。使っていない棋士でも、AI研究が深い棋士と指しているとその感覚が入ってきます。

――先ほど、対局を振り返るためにと仰っていましたが、指した対局を振り返るということ自体はAIの前からもありそうですが。

豊島 そうですね。ただAI以前は感想戦を別にすると、自身が指した将棋を他の人に真剣に考えてもらえることがあまりなかったです。

 人力では感想戦のあとにそれほど変化が出てきません。ですがAIにかけると、自分が考えていない手を絶対どこかで指摘されます。

34歳になってから「区切り」を感じた

――豊島さんが初タイトルを獲得されたのが2018年で、翌19年は史上9人目の三冠を達成されました。

豊島 その頃、28、9歳の頃は自分の中でもすごく充実していた感はありました。その後も形勢判断や知識での上積みはありましたが、棋力を伸ばすことができず、段々と厳しくなってきました。

――30代を迎えて、何か変わったということを感じられたのでしょうか。

豊島 そういう意識はそれほどなかったですね。間もなく藤井さんとの対戦が続いてタイトルを失いましたが、当時は過去の自身と比較して伸ばせている部分もあると自覚していたので、それがモチベーションになっていました。

 ただ、33から34歳になる期間ではだいぶ力が落ちたので、そこで区切りを感じました。

――豊島さんが34歳となった2024年度は、自身初の年度負け越しを経験されています。