みみず腫れになるほど強烈に叩かれた
暴力は家庭にも向いた。智美さんは父から母へのDVを見て育った。自分への虐待で鮮明な記憶は、中学時代、ハエたたきで強烈に脚をたたかれたこと。
「ハエたたきの形でみみず腫れになった。あれは痛かった……。家からの閉め出しは定番だった。小さい頃から、冬の夜でもよく外に出されました」
子どもたち全員が父による閉め出しを経験した。玄関の鍵をかけられ、家の中に入れなかった。
「一晩はなかったけど……。寒い日、はだしに短パンで放り出されるのは、かなりヤバかったですよ」
弟が家の前にいた時、近所の人が閉め出されていることに気づき、父に「また同じことをしたら、警察に通報します」と注意してやっと収まった。
「でも、暴力の後は突然、優しくなるんです。小銭をくれて『ジュースでも買ってこい』なんて。こういう心理のサイクルがDVの特徴なんですよね」。父の闇を探ろうと、智美さんはスマートフォンでDVについて調べていた。
「田中さんが来るのはありがたかったんです。父の機嫌が良くなって、その時は暴力を振るわないから」
“外の風”が入ることは、田中さんが気づかないところで効果を発揮していた。
「中3の時が一番、家庭が大変でした」
10年ほど前の夏、ついに両親が離婚した。どんな夫婦生活だったのか。母の山本京子さんが語る。
「向こうは中退したけど、高校が同じでした。卒業後に再会し、男女のグループで車に分乗して海に向かいました。あの人はいきなり事故を起こして」
波乱を予感させる出会いだった。母は軽傷だったが、父は入院し、その後、プロポーズされた。
「結婚してすぐ、後悔しました。式は挙げずに記念写真だけ撮り、費用は衣装代も含めて全部、私の貯金から。すぐ離婚すればよかったんですよね。でも、次々に子どもが生まれて……」
話を聞いていた智美さんが叫ぶ。「そしたら、私、生まれてない!」。ただ「生まれて良かったと思うことはあんまりないけど……」とも付け加えた。
