「口の中に大量のウジ」解剖室が真っ黒になるほど大量発生したことも……
過去に解剖した夏場の腐敗死体は、口の中をのぞき込むと大量のウジがわいていました。死体の臭気を嗅ぎつけたハエは死体に卵を産みつけ、そこで孵化(ふか)したたくさんのウジ虫が死体を食べて大きくなっていたのです。口や鼻から脳に入り込むウジもいれば、さらに口から気管、そして胸の中に入り、内臓が全部食べられてしまうこともめずらしくありません。
軟部組織と総称されるやわらかい部分(骨、歯や血管や臓器をのぞく筋肉や結合組織)は、死体に集まる虫にとってはすべてごちそうです。その後、死体を栄養分にして育ったウジは蛹(さなぎ)を経て立派なハエとなって飛び立ち、死体に次の卵を産みつけます。ただし、白骨化してしまったら栄養分がありませんから、白骨死体にウジはわきません。
ちなみに、私たち法医解剖医は「死体」という決して動かないものを常時対象にしているせいか、死体の中にウジのように「動くもの」に遭遇すると、一瞬ギョッとして動揺してしまいます(笑)。
腐敗死体の解剖時に、解剖室で起こり得る最悪なパターンは、まだ生きていたウジが死体から脱走して、解剖室のあちこちで蛹になり羽化してしまうことです。衛生管理が雑だった某大学の古い解剖室では、死体についていた大量のウジが逃げ出し、2週間後に解剖室の窓が羽化したハエでぶわーっと真っ黒に覆われて恐ろしい光景になった、という話も聞いたことがあります。
虫をきっかけに、死体が発見されることも
虫と死体の関係性は意外と侮れません。
「となりの家の窓ガラスに、ハエがびっしりついている」 という隣人の通報がきっかけで、死体が発見されたケースもありました。
古いアパートの1階の若い住人が「床に見たことのない白い虫がいて、捨てても捨てても出てくるので、よく見たら天井の隙間からぽたぽたと落ちてきていた」という苦情を訴えたことから、上の階の住人が死体で発見された事例もあります。天井裏に大量のウジが発生していたのです。
一方で、死体につく虫を専門とする「法昆虫学」という学問も存在しています。死体につく虫の多くはハエです。卵から生まれたウジがどれくらいの日数でハエになるか、そのときの温度や湿度の条件まで、ハエの研究者のもつ専門知識を応用して、死体についたハエの状態から死後どれくらいの日数が経っていたかを割り出していく。これが法昆虫学です。
