日本の地名には、現代人が知らない不吉なエピソードが隠されていることがある。古典エッセイスト・大塚ひかりさんの著書『事故物件の日本史』(祥伝社新書)より、一部を紹介する――。

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「連れ子」が焼き殺された笛吹峠

過去の悲劇が地名に残っている、事故物件の名残のある地名というのが、ある。

たとえば、岩手の笛吹峠の名前の由来……。

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ネットなどを見ると諸説あるようだが、私が馴染んでいるのは柳田国男の『遠野物語』にある次の説である。曰く、

「昔青笹村に一人の少年があって継子であった。馬放しにその子をやって、四方から火をつけて焼き殺してしまった。その子は常々笛を愛していたが、この火の中で笛を吹きつつ死んだ処が、今の笛吹峠であるという」(拾遺二)

なんと継子殺しに由来するというのだ。

「血」を含んだ地名に残る伝説

実はこの手の……現代人から見ると悲しくもあり、不吉でもある……エピソードが、由来として語られる地名は思いのほか多い。

とくに『古事記』『日本書紀』『風土記』といった古代の書物には満載だ。

本書の第六章で記したように、カムヤマトイハレビコ(神武天皇)の兄のイツセノ命が国つ神の矢で傷を負い、手を洗った場所は“血沼海”、国つ神の死体を切り刻んだ場所は“宇陀の血原”と名づけられた(『古事記』中巻)。

血沼は、今は茅渟と表記されているが、宇陀の血原は所在未詳ながらも、宇陀には今も「血原橋」などの名がバスの停留所名などに残っているようだ。

現在、普通に使われている有名な地名にも、悲惨な由来が語られているものもある。

北関東の茨城である。

先住民「佐伯」の討伐に使われた道具

これも本書の第六章で触れたが、昔、朝廷側のクロサカノ命が、土の穴倉に住む“佐伯”と呼ばれる先住民を討伐するため、その留守中、穴に“茨蕀”(イバラ)を敷きつめた。あるいは佐伯どもを滅ぼすために“茨”で“城”を造った。いずれにしても佐伯を殺す道具の名を取って県の名とした(『常陸国風土記』)。