歴史上、「怪物」「妖怪」などと呼ばれた人間は何人かいる。明治、大正に現れた飯野吉三郎(いいの きちさぶろう)は、その中でも特異な人物だろう。

穏田(おんでん)(現在の原宿・渋谷付近)の怪行者」「穏田の神様」などと呼ばれ、森羅万象を予言する霊能者として政財界の大物に深く食い込み、関係がうわさされた女性を通して皇室にまで影響を及ぼした。築いた資産は現在の80億円にも上る。だが、最後は謀略めいた事件を“仕掛けられて”失脚。世間から忘れられた。

東京朝日の記事に添えられた飯野吉三郎の写真

 時代はなぜ彼を持ち上げ、その言動に注目したのか。一体、彼はどんな存在だったのか――。文中、現在では使われない「差別語」「不快用語」が登場する。新聞記事などは、見出しのみ原文のまま、本文は適宜、現代文に直して整理。敬称は省略する。(全4回の1回目/つづきを読む)

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飯野吉三郎とは何者か?

『日本の下層社会』(1899年)などで知られるジャーナリスト横山源之助は『凡人非凡人』(1911年)にこう書いている。

「飯野吉三郎。青山穏田の怪行者として一世を聳動(しょうどう)(驚かせ心を揺さぶる)しているが、名称を聞いただけでは何らの奇を覚えない。怪か聖か。飯野吉三郎は、われらには影の人である。余は彼の名を耳にしたのは14~15年前だった。人物に接したのは8~9年前だった」。

 その15年前の1896(明治29)年。東京朝日(東朝)は6月25日付から連日「飯野吉三郎告発キャンペーン」記事を掲載した。第1回の25日付は——。

 奇怪なる精神学者の拘引

 自ら精神学者だと称し、根拠のないでたらめを説いて女性、子どもをたぶらかしたり、他人を傷つけて害悪をほしいままにしたりする奇怪な愚か者が現れた。

 牛込区天神町66番地(現新宿区)に寄留する飯野吉三郎(31)という者で、これまでたびたび憎むべき不徳義を重ね、ついに増長して日本橋区通1丁目(現中央区)の呉服店「白木屋」*から約150円(現在の約83万円)の物品を詐取したことが明らかになった。昨日朝、東京地方裁判所検事局が令状を発して、牛込警察の手で逮捕され、目下取り調べ中。

*白木屋=のちの白木屋デパート

吉三郎が詐欺で拘束されたことを報じる東京朝日

 記事は吉三郎を「霊能者を装ったペテン師」として大ざっぱに経歴を記しているが、彼の名前が世に出るまでの経緯は資料によって違う。「歴史読本」1985年6月号所載の「穏田の行者・飯野吉三郎の実像」の著者で皮革工芸家・笠原三津子は吉三郎の曽孫というから、その記述を尊重しよう。

 それによれば、吉三郎は慶応3(1867)年8月1日生まれで、岐阜県の岩村藩・松平(大給)家の100石取り、飯野益衛の三男。同藩は向学の気風で、吉三郎も幼いころから豊かな学問の洗礼を受け、頼山陽の『日本外史』を暗唱するなどした。