歴史上、「怪物」「妖怪」などと呼ばれた人間は何人かいる。飯野吉三郎(いいのきちさぶろう)は、その中でも特異な人物だろう。住んでいた地名から「穏田の怪行者」「穏田の神様」「日本のラスプーチン」などと呼ばれ、明治、大正を通じ、森羅万象を予言する霊能者として政財界の大物に深く食い込み、皇室にまで影響を及ぼした。築いた資産は現在の80億円にも上る。だが、最後は謀略めいた事件を“仕掛けられて”失脚。世間から忘れられた。

 時代はなぜ彼を持ち上げ、その言動に注目したのか。一体、彼はどんな存在だったのか――。文中、現在では使われない「差別語」「不快用語」が登場する。新聞記事などは、見出しのみ原文のまま、本文は適宜、現代文に直して整理。敬称は省略する。(全4回の4回目/はじめから読む)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

女子教育の先駆者・下田歌子との関係が注目された

 1925(大正14)年1月11日付朝刊からは東朝が「謎の怪行者」、東京日日(東日=現毎日)が「穏田の秘殿に解かれぬ謎」の連載を開始。他紙も「飯野事件」と名付けて競って報じるようになった。

 中でも報知は「和製ラスプーチンの正体」で要人との関係を追及するとともに、吉三郎の「余罪」や下田歌子との関係を伝え続ける。1月12日付朝刊では初報から掲載を続けていた記者と吉三郎の問答で「下田歌子女史と怪行者の関係は?」(見出し)に話が及んだ。

「色情関係はない」「世間は誤解している」

記者  先生と下田歌子先生とは密接な関係があるというのは事実ですか

吉三郎 それは間違いだ

記者  間違いと言うのは?

吉三郎 関係があるなどとは絶対にうそだ。大きな誤解だ

記者  世間周知のうわさですが

吉三郎 俺もそんなうわさを聞くが、迷惑千万だ。絶対に色情関係はない

記者  どうした間違いでしょう?

吉三郎 それは、下田さんと俺は同郷同藩の関係で幼少のころから姉さんのように親しくして今日に及んでいる。だから世間は誤解しているのだ

記者  それだけの間違いですか

吉三郎 いや、俺の妻が下田先生の無二の弟子で、嫁いで来てから後もいろいろお世話になり、下田さんも幼少からの関係で、家族同様、案内も請わずに出入りしている。それで僕の妻と下田先生とを間違えられてうわさされるのだ

記者  おかしいですね。何のことですか

吉三郎 いや、俺の妻と下田先生とは顔の格好がよく似ているのだ。体格もよく似ている

下田歌子との関係は否定した(報知)

 吉三郎は、記者に「妻とは?」と聞かれ、はっきり「外松男爵の娘・末子だ」と答えている。曽孫による『穏田の行者・飯野吉三郎の実像』によれば、吉三郎と下田歌子は父親同士親交があったうえ、歌子は吉三郎の姉と友達。吉三郎が鈴木学校の教師になったのも歌子の紹介と推察されるという。