「巧みな言葉に惑わされ、さんざん利用され…」
飯野ラスプーチンと下田女史との宮中にまで食い込んだ怪行動が報知の編集幹部には目に余るものと映っていた。何とかして飯野の幻術を暴露しようとしたが、このころともなると、「穏田の行者」の声望はたいしたもので容易にしっぽをつかませない。ところが偶然のことから、飯野の巧みな言葉に惑わされ、さんざん利用された挙げ句、財産まで献金と称してすっかり巻き上げられて一文なしになった並木縫吉という男が報知の取材網にかかった。
報知の編集幹部は、この没落した男の家からヒマをとろうとしていた若いお手伝いさんを口説いて、彼女を飯野の自宅に住み込ませることに成功した。このお手伝いさんから定期的に秘密情報を手に入れ、2~3カ月後には飯野の行状の大部分が解けてきた。
暗示にかかって、吉三郎を信頼してしまう
同書によれば、屋敷の倉庫には隠し電話があり、客が来ると、書生がこの電話から客間の吉三郎を呼び出す。
「もしもし、飯野大先生ですか。こちらは陸軍大臣の秘書官ですが……」
「やあ、例の件ですな。大事なことだから、やはり閣下に直接話さんとね。ああ、明朝来られるか。待っていると閣下に伝えてくれたまえ」
この調子で政府要人から政財界の名士、宮家からの電話を装う。来訪者は暗示にかかって、吉三郎に絶対の信頼を置いてしまうという。それでも、新聞としては、何かきっかけがなければ飯野個人を糾弾しにくい。そこで並木に吉三郎を告訴させ、警視庁が出頭を求めたのを機に大々的な暴露記事を紙面に載せたと同書は言う。
報知幹部の“正義感”にもそれなりの根拠はあった。吉三郎の名前は要人の日記にも登場するが、5年前、首相だった原敬の日記の1920(大正9)年6月4日の項にはこうある(原文のまま)=『原敬日記第5巻』(1981年)より。
飯野吉三郎、せんだって来訪の時、皇后陛下より下田歌子へのご内信持参、内示せしが、今夜またまた来訪。これを内示し、かつその御状には、下田より霊旨を申し上げたるにより、御礼の意味並びに皇太子殿下御洋行の可否につき、陛下はご長子のことにて何分ご案じありて、外国に行かれることをよしとせられざるご趣旨あり。さりながら、洋行は国民一般の希望なれば、これをいるること国のためなり。その辺不明にてご案じあり。また霊旨を聞きたしとの意味のご記載あり。いかにも恐れ入りたることなるが、下田がこれを飯野に内示するも不謹慎のことなるが、飯野と下田といかなる関係あるや。随分下田の品行については世評もあり。それはとにかく、いわゆる霊旨うんぬんは飯野の神託のことならん。しこうして飯野は余に皇太子のご洋行はいかがなものなるやと言うにつき、余は山県らとも内話したることありて賛成せし事柄なるが、さりながら、今日となりてはいかがなものにや。
多分飯野は右の趣旨にて下田に内話するにあらずや。随分これらのことは幸いに外間に漏れざるも、甚だ憂慮すべきことなり。


