宇野 10歳だったので、全国放送のドラマに出る実感は全くなかったです。ただ、共演者の方は、「おしん」の舞台でご一緒した方が多かったので、逆に照れくさくて。初めての台本の読み合わせでは、気恥ずかしくて本で顔を隠してしまい、泉ピン子さん達から、「いつも舞台では好き勝手やってるくせに、なに緊張してるんだ」とツッコまれたのを覚えています(笑)。
NGを出さない「天才子役」と呼ばれて
――NGを出さない「天才子役」と呼ばれましたが、どうやってセリフを覚えていたのですか?
宇野 実際にはNGはあったと思うのですが(笑)。「天才」と呼ばれて、当時はびっくりしていました。私の場合は、映像記憶が得意なので、黙々と台本を読んで覚えていました。逆に耳で覚えるのは苦手で、セリフを録音して聞いたりはしなかったです。
記憶力の良さは、もしかしたら父親譲りかもしれません。父は競馬の実況アナウンサーで、その日のレースの競走馬と騎手さんの名前や、服の色を全て暗記していました。その真剣な姿は、今も印象に残っています。
――同時期に、高畑勲監督の『ホーホケキョ となりの山田くん』に、「のの子」役の声優で出演していますね。監督はどんな方でしたか?
宇野 アフレコ現場では、高畑監督はとても穏やかで、口調も柔らかい方でした。ただ、監督の要求に対して、もし私が応えられなかったら、「この人はできるまでやらせるより、役者を他の人に代えることを選ぶだろうな」と思いました。もちろん、高畑監督はそんなこと全くおっしゃらないし、私が本能的に感じただけなのですが。
――実際には、高畑監督は宇野さんの演技を高く評価していたそうですね。
