高畑勲監督「天才だな」
宇野 当時、母が監督と同じブースにいたのですが、監督がボソッと「天才だな」と呟かれていたそうです。
私としては、「買い被りすぎですよ」と思うのですが。高畑勲監督や、橋田壽賀子先生とご一緒するチャンスに巡り会えたのは極めてラッキーだったなと思います。
――「渡鬼」の現場はどんな雰囲気だったのですか?
宇野 「子役はチヤホヤされたんでしょ」とよく言われるのですが、全くなかったです。「渡鬼」はスタートしたときは実力派の役者さんばかりの作品で、「役者は作品を構成する石の一つ」というスタンスが徹底されていました。そんな職人気質な現場だったので、「ここではちゃんとしないとダメなんだ」と子供ながらに察していました。
撮影の合間に、公園のセットのブランコで遊んで怒られたりしていましたが(笑)。声を荒らげられたことはなく、「今はそこにいたら邪魔だよ」とはっきりと注意してくださいました。
――石井プロデューサー、橋田壽賀子さんは、どんな存在だったのでしょうか。
宇野 当時の私にとっては、お二人とも普通の“優しいおばちゃま”でした。お見かけすると「先生ー!」と駆け寄っていましたね。石井先生は、演出の際はビシッとされていましたが、近寄りがたいわけではなかったです。
橋田先生は執筆でお忙しく、撮影現場には滅多にいらっしゃいませんでした。熱海のご自宅には、スタッフさんと一緒に私も何度かお邪魔して、私は勝手に『春日局』のコミカライズ版を読ませてもらったりしていました。
――昨今、芸能界のセクハラ問題が取沙汰されますが、宇野さんの時代はいかがでしたか?