MVを超越する「スリラー」というエンタメ
世界的スーパースター誕生の瞬間であると同時に、表現者としてのリミッターを振り切った野心作でもある。狼男やゾンビに扮したマイケルが、ユーモラスに悪役を演じている。表向きには、当時最先端の特殊メイクからヒッチコック作品の技法までをも用いた極上のスペクタクルである。その一方で、『ブルース・ブラザース』(80年)などで知られるジョン・ランディス監督は、エキセントリックなマイケルの姿も捉えた。その象徴が、奇抜なデザインの赤いレザージャケットだろう。独特すぎる美的センスゆえに、何をしても狼男やゾンビより目立ってしまう。マイケルが本質的によそ者であることが克明に映し出されている。だから、このMVはいまでも新しいのである。ただ「かっこいい」だけでは理解できない、人知を超えたカリスマ。無機質な電子音のリフとともに、マイケル・ジャクソンの多層的なキャラクターをマルチアングルで提示したこと。そこに、13分42秒の真の価値がある。
世界で440万人動員、ソロ初来日を果たした「BADワールド・ツアー」
1987年8月に発売されたソロ7作目のアルバムが『BAD』。ロックやソウルなどのジャンルを融合し、「キング・オブ・ポップ」と称されるきっかけとなった。マイケルは本作のワールドツアーで初来日を果たす。同年9月12日から約1カ月にわたり、東京、兵庫、神奈川、大阪の計14回の公演で約43万人を動員した(翌年の東京ドーム9公演を含めると合計90万人!)。アルバムのサウンドは異様なテンションに覆われている。「BAD」や「スムーズ・クリミナル」のリズムは極限まで引き締められ、「マン・イン・ザ・ミラー」の刺々しくも折り目正しいシャウトは、飢餓を解決できない社会の軋みと彼の正義感が格闘しているかのようだ。マイケルは、自分なりのロックを実現すべく硬さと鋭さを追求したのだ。完璧主義者のビートは、音楽の滑らかさをも打ち消すほどに研ぎ澄まされた。隅々まで計算されたぎこちなさにより、マイケルはスタジアムロック全盛の時代においても頂点を極めたのだ。



