四国全体の玄関口だった香川県

 宇高連絡船を降りて桟橋からホームに向かうと、松山・高知・徳島といった四国各地へと向かう列車へと乗り継げる。つまり、連絡船時代の高松駅は香川県どころか四国全体の玄関口だった。

 

 特にクルマや飛行機がまだ一般的ではなかった時代は、四国を訪れる人の大半が船で高松へ。本四連絡の要を担う、日本を代表するターミナルだったのである。

 

 さらに連絡船は人だけでなく貨物も運んでいたから、高松駅には広大な貨物エリアも設けられていた。

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 ただ、宇高連絡船が廃止されると四国全体の玄関口という役割は失われ、港に近接している必要もなくなる。そうして周辺の再開発に合わせてまたもや移転して、2001年に現在の駅舎が完成した。

 だから、いまの高松駅には連絡船時代、四国の玄関口時代をしのばせるものはほとんど残っていないといっていい。

 

 わずかに櫛形のターミナル然とした構造と、松山や徳島に向かう特急列車の始発駅という点で、往年の面目を保っている。

 そしてもうひとつ。船と列車を乗り継ぐ旅人たちが横目に見たであろう、高松城である。