――島の方々はどのように避難されていたのでしょうか?
松岡 あとから聞いた話なのですが、ご近所さんや知り合い同士で、声をかけ合って安全な家に避難したり、避難所に誘導したりしていたんです。
消防団が消防車を出して、土砂災害地域を一軒一軒回り、避難しそびれた島民を乗せて避難所まで連れて行った、とも聞きました。人が少ない島だから、一軒一軒回って、ていねいに対応することができたんだと思います。
――一方で、避難所そのものが土砂崩れに巻き込まれる、という出来事もあったそうですね。
松岡 島でも特に山奥にある地区の避難所が、土砂崩れに巻き込まれてしまったんです。建物の中にまで土砂が流れ込んで、避難していた方々は、腰のあたりまで土砂に飲み込まれてしまったそうです。
もともと土砂崩れや土砂災害が多い地域なので、台風被害も特に大きくて。台風が去ってからも、しばらく立ち入り禁止になっていたほどでした。今は解除されているのですが、避難所だった建物のなかは、まだ土砂が片づけられていない状態のままだと聞いています。
ただ、不幸中の幸いというか、物理的な被害は大きかったにもかかわらず、人的被害はほぼなかったんです。
島に戻って目の当たりにした“想像を絶する被害”
――松岡さんが島に戻ったのは、台風直撃からどれくらい経った頃だったのでしょうか。
松岡 2日後です。空港の整備が必要だったので、空港が開いた日の便で帰りました。飛行機を降りて、まず目に入ったのが、空港のすぐ隣に止まっていた車でした。窓ガラスが割れていて、「動かさないように」と張り紙がしてあって。
家に向かう道では、行きつけのラーメン屋さんが、梁しか残っていないくらい、ぐちゃぐちゃになっていました。
木が何本も倒れていて、信号機も変な方向を向いていたり、道路に表札とか看板とか、いろんなものが飛び散っていたりして。いったい我が家はどうなっているんだろうと、自宅に着くまで気が気じゃなかったです。
――松岡さんのご自宅は、どのような状態だったのですか。
松岡 私の家は、周りが木に囲まれているおかげで、ほぼ台風対策をしていなかったにもかかわらず、ほとんど被害はありませんでした。ただ、どこかから飛んできた釘が車のタイヤに刺さっていて、タイヤがダメになっていましたね。

