森保監督から「武さん、大丈夫ですか」と電話が…付き合いが深まった“きっかけ”

――武田さんは2001年12月に、森保監督は2004年1月に現役を引退。ふたりが距離を縮めたのは引退後だそうですね。付き合いが始まるきっかけは?

武田 ある時、急に熱が出て、体調悪くなって入院したことがあったんですよ。その時、誰かから連絡先を聞いた森保監督が「武さん、大丈夫ですか」と電話かけてきてくれて、それがきっかけですね。

 あと、2012年に森保監督がサンフレッチェ広島を指揮することになったじゃないですか。広島が強くなってACLに出るようになったタイミングで、自分はテレビの解説の仕事でよく広島に行くようになったんです。それから話をするようになり、また付き合いが深まっていった感じです。

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――森保監督は広島で3回のリーグ優勝、クラブW杯3位など結果を残しました。

武田 素晴らしいけど、自分は森保監督が大変な時の印象が強いですね。2014年のACL、広島は中国のチームにアウェイでまったく勝てなくて、メディアから「なんで若手を出すんだ」とか、すごい批判を受けていた。

 森保監督は、「若い選手を試合で使って育成しないと。周りの声は関係ないですよ」と言って批判に屈せず、浅野拓磨選手とか若手を使った。広島の監督を解任された時は、「海外に行きます」といって、浅野を見にドイツに行ったりしていたそうですよ。

 浅野選手はのちにカタールW杯で活躍して森保に恩返しするけど、そういう選手を成長させて、いい関係を維持していけるのは森保監督の人柄だと思いますね。

「武さん、ありがとう」と連絡が…森保監督が信頼されるワケ

――義理人情に厚い監督、ですか。

武田 そうだね。広島が優勝した時、たまたま『釣りびと万歳』という番組で、島根で釣りをしていたんですよ。そうしたらでかい真鯛が釣れて、こんな大きいの持って帰れないと思っていたら、ふと優勝した森保のことが浮かんだので、広島の強化部長に連絡して「真鯛を森保監督に渡してくれ」と言って送ったんです。

 そうしたら森保監督が「武さん、ありがとう」って真鯛を手に持った写真を送ってくれて。森保監督はそういうことを当たり前のようにできるから、信頼されるんじゃないですか。

情に厚い森保監督 ©文藝春秋

 森保監督はその後、2017年に東京五輪U21日本代表監督となり、2018年に五輪代表を兼任する形で日本代表監督になった。カタールW杯最終予選、序盤は苦しんだ。オマーンに敗れ、中国に勝ったもののサウジアラビアにも負けた。つづくオーストラリアに勝ったもののクビの皮一枚で繋がっている状態だった。