「ヒデがいたときの熱狂はそりゃすごかったよ」

 イタリア中部ペルージャに住むベテラン・カメラマンであるロベルト・セットンチェは、同地が中田フィーバーに沸いた98年夏の移籍からの1年半をふり返る。当時、彼は『スポーツニッポン』の契約カメラマンとして、セリエA時代の中田を追いかけ続けた。

 

「ナカタはいろいろな町やクラブでプレーしたけれど、最初に来たペルージャ時代が一番サッカーを楽しめたんじゃないかな。ASローマの選手は地元のスターだから持ち上げられる一方プレッシャーも大きい。パルマ時代には彼の他にも一流プレーヤーがいたから期待や注目を一身に浴びはしなかったにせよ、思うままプレーできたとはいえない。ストレスもあっただろうしね」

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練習場にもどこにもいなかった中田がカメラマンを逆に待ち伏せ

 イタリアといえばパパラッチが有名だが、プロカメラマンとして選手のプライバシーを尊重する矜持をもつセットンチェには中田も気を許したという。

「パルマに移籍後、ナカタの写真を撮りに練習場に行ったら、いるはずなのにどこにも姿がない。あちこち探し回った挙句、駐車場の自分の車に戻ったらナカタの方が私を待ち伏せしていて逆に驚かせられた(笑)。ヒデはそういう茶目っ気もある人間なんだよね」

ペルージャ時代の中田英寿。セリエAデビュー戦での王者ユベントス相手の2ゴールは今でも語り草 ©文藝春秋

 中田の古巣であるペルージャは、今季をセリエC(3部リーグ)のグループBを14位で終えた。監督はかつての中田の同僚、ジョヴァンニ・テデスコだ。ホームスタジアム「レナト・クーリ」に隣接するクラブハウスにはミュージアムがあり、そこには中田の肖像画が最も目立つ位置に飾られている。クラブの黄金時代を象徴する選手の1人として、ナカタをスポイルすることは不可能なのだ。

 永遠の都ローマを歩くと、こちらが日本人とわかれば今でも「フォルツァ・ナカタ!」の声が飛んでくる。鈴木彩艶がプレーするパルマのミュージアムにも、中田の偉業を称える展示がある。

パルマのミュージアムには優勝メンバーである中田英寿のコーナーが

 時の流れに反して、色褪せない2人の日本人選手。イタリアは今でもナカタとナカムラを忘れていない。

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