インド映画といってまず思い浮かぶのは、日本でも大ヒットした『RRR』などグランスケールの長編活劇。ですが、今回は未知の世界すぎるドキュメンタリー。インドの女性たちに何が起きているのか? 気になります!

今週のターゲット『わたしの聖なるインド』

〈あらすじ・概要〉2019年にインドで制定されたムスリム差別的な「市民権改正法」と、その反対運動への暴力的対応。それらに異を唱えるためにムスリムの女性たちが始めた平和的抗議活動は、やがてインド全土に広がっていき……。その顛末を追ったドキュメンタリー。ノウシーン・ハーン監督。74分。全国順次公開。

映画『わたしの聖なるインド』

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 インドでヒンドゥー(というかヒンドゥー教徒)至上主義を推し進め、ムスリム(=イスラム教徒)を「危険な敵」と見做して迫害してきたモディ政権。2019年12月、ついに国内のムスリムの市民権剥奪を指向した「市民権改正法」を成立させます。これを契機として強力な抗議活動が発生。その拠点だった首都ニューデリーにあるジャミア・ミリア・イスラミア大学の構内に警察が乱入した結果、学生側に200人もの負傷者と多くの逮捕者が出るという事件が起きました。

 その後、同市内のイスラム教徒居住区シャヒーン・バーグで始まった非暴力の抗議活動が本作のメイン。学生たち――自分たちの子供を襲った警察(と政府)が許せない母親たちが、座り込みによって幹線道路を封鎖したのです。ここに、繰り返されるモディ政権の「弱者潰し」政策に危惧を抱く他のマイノリティ集団や与党転覆を狙う野党支持者たちも合流し……という顛末が描かれていきます。

 ちなみに、この宗教的少数者排除政策は「聖なるインド」構想と呼ばれていて、本作の邦題『わたしの聖なるインド』は、そのイデオロギーに対する皮肉となっている点がさりげなく見事だったり(原題は『Land of My Dreams』)。

 まず感じたのは、そもそも何故インド国内に根深いムスリム差別の土台があるのか? 映画ではその辺りの知識が「前提」とされているので特段説明もない。ググると「ムガル帝国などのイスラム王朝が長らくヒンドゥー教徒を弾圧した怨念があり……」「大英帝国の植民地時代、統治策の一環として宗教対立を煽られ……」「パキスタンがイスラム教国家として独立した際の、民衆の大移動による社会的混乱も因縁を深め……」という感じで、確かに作中で端的に説明できる限界を超えていることが窺えます。だから説明不足だとかいわずに、あくまで観客側が能動的に動くしかないのです。

 監督はムスリムの女性映像作家。ですが、宗教的非理性よりも文明的理性のほうが社会を仕切っている、と信じて育ってきたインテリ層の人。端緒となった大学が母校であることもあって、「歴史的蓄積を急速に圧縮し、いきなり暴力的に毒々しく花開いた」自国権力システムの公然たる非理性ぶりに、現場でカメラを回しながら何度も驚き、戸惑う。それが濃厚に伝わってきます。宗教対立を意識せず生きてきたことが身を守る助けには全くならず、むしろ偏見を助長してしまっていたのだ、という独白がとても重い。

 本作の主張の中心にあるのは「暴力的な権力に対する女性たちの非暴力的抵抗」ですが、暴力的にイキる「弾圧側(モディ支持者)」の目には、それも同種の暴力に映ってしまうのだろうとか、この心理を利用して煽りまくる構造が、時代や国を問わず驚くほど似ているとか、深い見どころがとにかく多い。何より、「私たちはみんなインド人です!」という、インドをヘイトではなく愛の対象とするスローガンは印象的。それでも学校などで展開される「反差別教育」より「差別の原理」のほうが強力らしい。では我々はそれを踏まえてどうすべきか、と考えさせられる作品です。

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